ここから本文です

町名なく、すぐ番地の地域が全国40カ所 由来は?

9/14(土) 7:00配信

茨城新聞クロスアイ

自治体名の後に町名を飛ばしていきなり番地-。こんな変わった表示をする地域がある。茨城新聞が調べたところ、全国で約40カ所を確認。茨城県内では龍ケ崎市と境町にある。明治以降に繰り返された合併に由来するらしく、いわば時代の産物だ。日本の住所事情とともに調べた。 (取手龍ケ崎支局・鈴木剛史)

「龍ケ崎市3710番地」。条例で定める市役所の位置だ。地図でも一帯を「大字なし」と記載する。1~1万1751番地まである。住民票でも市名と番地のみの表記。おおむね旧龍ケ崎町域に相当し、さかのぼると江戸時代の龍ケ崎村に行き着く。

住民は「事情を知らない人に『抜けてますよ』とよく指摘される。もう慣れてしまった」(50代男性)と苦笑い。市にも月に数回は、正確な表記を尋ねる問い合わせがあるという。

■村が基本

地番を用いた住所表記で町名(大字)は、区画整理や造成で新たにできた場所を除き、昔の村落の名称が基になるのが一般的。例えば、「真壁郡真壁町大字古城」(現桜川市真壁町古城)の大字古城は、かつて存在した古城村の名残だ。

江戸時代以前は、こうした村が基本的な行政区域で無数に存在した。明治になって政府は、近代的な地方行政制度を敷くため町村合併を進めた。結果としてある程度の規模を有する町村ができた。

当時の内務大臣訓令には「旧各町村ノ名称ハ大字トシテ之ヲ存スルコトヲ得」(旧町村の名称は大字として残すことができる)とある。旧集落が新町村の一部で大字となって生き永らえた。昭和・平成の大合併では、数々の旧市町村名は消滅したが、大字は新自治体の町名に滑り込んだ。

■小字で代用

龍ケ崎村は「人家連たんとして小市街をなし、独立自治の資力十分」(龍ケ崎市史)という理由から、他村と合併せず単独で町に移行した。そのため大字自体が設定されなかった。

1900年にできた「龍崎農商銀行(常陽銀行の前身の一つ)」も、龍ケ崎町630番地で創業したと伝わる。当時も今と同じ表記だ。54年に6村と合併して市となってもこの状態が続く。

住民らは、龍ケ崎村内に存在した集落に由来する「米町」や「上町」といった小字を町名代わりに使っているという。小字は不動産登記以外で使われるケースはほとんどなく、住民票でも割愛される。

宿場町として栄え、江戸当時から「町」だった境町も単独で近代的な町制を施行。現在も役場周辺が「大字なし」だ。

■議決で解消

解決する方策はある。地方自治法の規定では、町・大字は議会の議決で廃止や変更ができる。

実際に愛媛県八幡浜市は、番地のみになっている場所に新大字を付けることを決めた。2018年10月から一部で先行し、2024年度までのスケジュールで整理する予定だ。

ただ費用面で課題が生じる。龍ケ崎市が小字を正式な町名にする場合、現地調査や図面の作製などで約6千万円が必要という。町名を新たにつくると、システム改修を含め億単位の負担となる。境町も現状、変更の予定はない。

★住所表記の方法
住所表記は例外が多い。京都府と北海道では独自の表記をしている。このため、ごく大ざっぱに二分できる。主に都市部で導入しているのが「住居表示」で、町名や大通り名に丁目・番・号を付ける。もう一つは、町名や大字の後に地番を続ける方法で、地方に多く見られる。ただ、丁目までが町名となり、地番を併用する例もあるなど、込み入っている。実用上、「町」と「字」は区別しない。

茨城新聞社

最終更新:9/14(土) 7:07
茨城新聞クロスアイ

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事