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「ボウソナロの時代を生きるブラジル」を風刺した映画「BACURAU」

9/14(土) 3:44配信

ニッケイ新聞

 「激動の時代にこそ、芸術は生まれる」。そのようなことは昔から言われる。

 たしかに「為政者からの圧力が強かったがゆえに生まれた芸術」の例は古今東西、枚挙に暇が無いが、現在、公開中の映画で、伯国史上、初のカンヌ映画祭受賞作(審査員特別賞)となった「バクラウ」は、まさにそんな形容が相応しい作品だ。

 舞台となるのは、北東伯にあるという架空の田舎町「バクラウ」。物資が足りてるとは言えない、人々の近所づきあいが濃厚な、あたり一面が野原という、いかにもな北東伯の田舎を象徴したようなこの町である日、不可解な連続殺人事件が始まる。

 それを行なっていたのは、米国や欧州で集められた謎の殺人組織。彼らは、バクラウを統治する政治家に雇われた勢力のようだ。彼らは計画に従って市民を銃殺していく。だが、バクラウの人々は想像以上にたくましく…。

 この映画はあくまで完全に架空の話で、そこに実在の人物は出てこない。だが、そこで意識されているのは、明らかにボウソナロ大統領による、銃自由化路線がエスカレートした先の世の中だ。

 殺人組織の設定を「外国人」としているのも、親米保守路線を明確にしているボウソナロ政権への皮肉にとれる。

 中には、その殺人集団に雇われるブラジル人の手下が、伯国の中でも白人が多く保守的だと知られる南伯の出身者で、彼らが殺人集団から「君たちは俺たちほど白くない」と言われて小馬鹿にされるシーンまで登場する。

 それはあたかも、「欧米の真似をしたいのかもしれないが、ブラジル人であることを忘れるな」というメッセージが感じられる。

 バクラウの人々はかなり派手に殺人組織に抵抗するのだが、これが二つの意味にとれるものだ。ひとつは「銃から銃で身を守る時代の恐ろしさ」。そのことに対して警鐘を鳴らす意味があるだろう。

 だが、もうひとつ見逃せないのが、これが同時に「北東伯の生活の伝統」を表していることだ。北東伯、そして北伯も含めてよいと思うが、これらの田舎町では伝統的に銃による自衛が行なわれている。それはボウソナロ氏に指摘されるまでもない話だ。

 また、20世紀前半に、今日にまで語り継がれる伝説の義賊「ランピオン」を生んだ北東伯だ。「自分たちの生活や生命が脅かされるなら、自分たちで守る」感覚は古くから存在する。

 この映画はさしずめ、親欧米流の保守主義的な圧力に、貧しいながらも誇りを持って戦う伯国民による反抗の映画、と言えるかもしれない。

 いみじくもこれは、ブラジル国内で現実に起こっている出来事の象徴でもある。昨年の大統領選でボウソナロ氏が唯一勝てなかった地域こそ北東伯であり、そこでの大統領拒絶率はなおも上がり続けている。

 また、この映画を監督したクレベール・メンドンサ・フィーリョは、前作「アクエリアス」もカンヌ出展作だったが、レッドカーペットで同映画の出演者共々、ジウマ大統領の罷免反対を訴えたことでも有名だ。

 こうしたブラジルでの社会、芸術の緊張状態を理解しているのがフランスだ。同国のマクロン大統領は、アマゾン森林火災の問題でボウソナロ大統領の環境問題での態度を強く批判し、世界的に有名になった。

 同国の世界的に有名な老舗映画誌「カイエ・ドゥ・シネマ」は発売された最新号で「バクラウ」を表紙にした。そこに大きく書かれた見出しは「ボウソナロの時代を生きるブラジル」だった。(陽)

最終更新:9/14(土) 3:44
ニッケイ新聞

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