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収入なし、ストレスゼロ。“レンタルなんもしない人”やってます

9/15(日) 14:15配信

婦人公論.jp

「レンタルなんもしない人」として、今、さまざまなメディアで取り上げられ、注目を集めている森本祥司さん。1日に数十件もの依頼が舞い込む、「何もしない」という不思議なサービスがなぜ生まれたのか、その理由を聞きました

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◆他人であれば気をつかわずに頼める

2018年6月から僕は、“レンタルなんもしない人”というサービスをやっています。「なんもしない人(ぼく)を貸し出します」という告知をTwitterに掲載し、呼ばれた場所までの交通費とお店に入ったときの飲食代などの経費を払ってもらえたら、「1人で入りにくい店への同行」や「花見の場所とり」など、「ただ1人分の人間の存在だけ」が必要なシーンに、僕という存在を利用できるというサービスです。

たとえば最近だと、「迷子になってみたいけれど、1人だと心細いので同行してほしい」という依頼がありました。3時間ほど一緒にぶらぶらと歩いただけですが、依頼者は「充実した時間だった」と喜んでくれました。そうしたインターネットの遊び感覚に近い依頼もあれば、「離婚届を提出するのを見届けてほしい」など人生の節目に立ち会うような依頼もあります。

近しい人には言いづらいことも、僕のような他人であれば気をつかわずに頼める。また、余計な気づかいやアドバイスをされるのもしんどいから、「なんもしない」僕のサービスを選んだという人もいました。

「なんもしない」ことに焦点が当てられることが多いのですが、依頼の内容やその後の末をTwitterに書くことは本気で「やって」います。僕の真似をする人は増えていても、誰もあまり依頼が集まっていない。何が違うかというと、メディアとしての発信力があるかどうか、コンテンツをうまく発信しているかどうかじゃないか、と思っています。

◆依頼が増えてもそこからの収入はほぼゼロ

サービスを始めた当初は依頼もまばらでしたが、Twitterへ投稿するうちに面白がってくれる人も増えてきて。1日に数十件の依頼が届き、1ヵ月先くらいまでの間で日程を調整している状態です。1件にかかる時間にもよりますが、現在はほぼ毎日3~4件の依頼を受けてまわっています。

僕はこのサービスを「仕事」と呼んでいますが、「料金を取っていないから仕事じゃないでしょ」という人もいる。諸経費はもらってもサービスそのものへの対価を受けとっていないので、どんなに依頼が増えてもそこからの収入はほぼゼロ。

本を出したり、取材の謝礼、あとはサービスの依頼者から「何となくお金をあげたくなったから」と投げ銭のようなものを時々もらったりもしますが、基本的には貯金を取り崩して生活しています。

毎日やることはあるわけだから、「無職」と言われると、ちょっと違うと思う。かといってボランティアのような格好いいものでもない。ある種の社会実験というか、趣味というか、見る人によっていろんな受けとめ方があっていいのです。

ただどう説明しても、理解してくれない人はいます。35歳という僕の年齢や結婚して1歳の子どもがいることで、「家族がかわいそう」と批判を受けたりもする。今でこそ何も言われませんが、サービスを始めた当初は僕の親にも、「失望した」「なんで普通に働けないの」といった言葉をかけられました。

そうまでして、なぜ無料のサービスにこだわるか。それは、お金を払うことによって、依頼する人に「消費者スイッチ」が入るのを防ぎたかったからです。何かにお金を払うと、僕らはどうしてもそれに見合ったリターンを期待してしまいますよね。1000円なら1000円の価値を求めるし、なんならもっと得したくなる。お金を受けとる側も、少ない時間や労力で済ませたほうが割りに合うと、セコいことを考えてしまう。

僕に依頼をしてくれる人は、無料で僕の時間を拘束しているという気遣いからか、Twitterに投稿されたときに読む人が面白がるようなユニークな依頼をしてくる人が多いのです。

また僕のほうでも、無料だからこそ全力で「なんもしない」というサービスを提供できる。もし料金をもらっていたら、何か余計なことをして相手を怒らせてしまったり、期待はずれだとがっかりさせていたかもしれません。

なぜそんなふうにネガティブに考えてしまうかといえば、これまでの人生で僕は、「なんかする」ことで相手を失望させることばかりしてきたように思うからです。

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最終更新:9/15(日) 20:48
婦人公論.jp

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