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菊地成孔が解説。世界的なストリート人気の謎【後編】

9/15(日) 7:01配信

LEON.JP

近年、ラグジュアリーブランドとストリートが急速に接近しつつある。それはなぜなのか? そもそもストリートとはどういうファッションなのか? アンダーグラウンドから先端モードの動向まで熟知する菊地成孔氏が、自らパリまで足を伸ばし取材を重ねてきた経験や豊富な資料を元に、前・後編に渡って徹底解説。その後編です。

ヒップホップという新しい黒人音楽の登場

【前編】で菊地氏が解説したように、70~80年代前半のヨーロッパでは白人のストリートカルチャーがモードに吸収されるという現象が起きていた。

それとはまったく異なる形で、アメリカでは82年に結成されたRUN DMCの登場によって、独自のストリートカルチャーが形成されていく。

「ジャズに限らず、ファンクやR&Bも含め、ブラックミュージックにおいて新しいスタイルが生まれるときには、必ず奇矯な格好をしたミュージシャンが現れる。これまでは上から下へ降りてきたラグジュアリーなものを、自由な発想で組み合わせて奇抜なストリートファッションが生まれてきた訳ですが、こうした流れを根本から変えてやろうとしたのがラッパーでした。

彼らは自分たち自身の自由な服装の方がいいと考え、そこに価値を見出していきます。その嚆矢となったのがRUN DMCです。二束三文で売られていたアディダスのジャージとスニーカー、カザールのサングラスとカンゴールのハット、そこにゴールドチェーンを組み合わせた奇矯な格好は、かつてのストリートの文脈にもないものでした」

RUN DMCによるこのスタイルは後にオールドスクールと呼ばれる。その後、スウェットパーカのフードを語源とする、フーディストと呼ばれるスポーティな着こなしが登場。

こちらはミドルスクールとも呼ばれ、現在当たり前になったスポーツミックスの先駆けとも言える。

こうしてラッパー達は、“スーツを着れば上がり”という従来のヒエラルキーから脱却。デフジャム・レーベルの元CEOで、ロッカフェラ・レコーズを率いるジェイ・Zは、自らアパレルブランドも立ち上げ大成功を手にする。

「彼らは自分たちの着る服そのものに、価値を持たせようとするんですね。そして、自分たちのロゴが入ったTシャツやキャップを売り始めるようになるのです。こうしたラッパーによるブランドやアーティストのグッズが世界中で売れまくって、有名ファッションブランドの売り上げを凌駕するほどになります。

これまでは“下々の者がやっているファッション”として、見向きもしなかったラグジュアリーブランドですら、その存在を無視できなくなる。インディペンデント魂で、服を売りまくっていたラッパーたちも、さらにファッション業界に食いこむためにラグジュアリーブランドへの接近を模索していたのです。

そして、ストリートファッションとラグジュアリーブランドの橋渡しとなる存在が求められるようになり、その役割を担ったのがカニエ(・ウェスト)でありファレル(・ウィリアムス)であったのです」

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最終更新:9/15(日) 7:01
LEON.JP

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