ここから本文です

「訓練は人のせいにできない」特集・JALパイロット自社養成再開から5年(3)

9/16(月) 10:15配信

Aviation Wire

 「パイロット訓練は神様のような人が横に座って、まったく同じ計器を見て、これから起こることをこの人は予言者か! と思うくらい言い当てる。そろそろ高度上がるぞ、スピード出るぞ、と言うと本当にその通りになっちゃう」。パイロット出身の植木義晴会長は、自らが訓練を受けていた時の教官とのやり取りをこう振り返る。

【植木会長もうらやむ訓練生寮】

 2010年1月19日の経営破綻を経て、2014年8月21日から米フェニックスでパイロットの自社養成を再開した日本航空(JAL/JL、9201)。当時運航本部長で、今年6月に取締役を退任した進俊則氏は、新人訓練の初期段階から機長と副操縦士の2人乗務(マルチクルー)を前提とした「MPL(マルチクルー・パイロット・ライセンス)」にかじを切った。

 MPLだけではなく、エビデンス(証拠)に基づいて構築した訓練・審査制度「EBT(Evidence-based Training)」を導入するなど、破綻により自社養成が中断された苦境を逆手に取り、日常の訓練を実施しながらでは手を付けにくい改革を進めた。こうした流れに会社としてゴーサインを出したのが、当時社長を務めていた植木会長だった。

◆訓練は人のせいにできない

 夏場の最高気温が40度を超える一方、快晴日数は年間300日以上とパイロットの訓練に適したフェニックスでは、プロペラ機とジェット機の訓練が1年半弱行われ、訓練生たちはフェニックスで訓練漬けの日々を過ごす。

 「訓練は人のせいにできない。相手は機械と自然なんだから、そのせいにしても仕方がない。高度がズレたら100%俺が悪い。とはいえ、失敗した時やうまくいかなかった時の落ち込みようはない。精神的にボディーブローのように効いてくる。(教官に)何も隠せない、誰のせいにもできない。今日うまくいかなかったことは、すべて俺のせいなんだよ」と、植木会長は訓練生の心中を代弁する。だからこそ、同期で助け合うことが大切なのだという。

 訓練の同期は10人で、誰かが悩んでいれば誰かが助けるといった、副操縦士として乗務する際にも求められるパイロット同士のコミュニケーションを、自然と身につけていく。

 フェニックスで飛行訓練を担当する教官の本郷猛さんは、「iPadなどを駆使するので、訓練生の情報共有は早いですね。何かを一人に言えば同期全員に伝わっています」と、チームワークの良さを評価する。「同期が一番見ているものです。クセから、性格から、顔つきから。それを踏まえた同期のアドバイスはすごい重要です」(本郷さん)と、同期の大切さを語った。

 しかし、日々の訓練だけではなく、慣れない米国暮らしが不安ばかりであったら、頼りになる同期がいたとしても、果たして実りある訓練になるだろうか。

 JALはフェニックスで自社養成を再開するにあたり、寮についても訓練に集中できる環境作りを進めた。「俺のころから見ると、ぜいたくなところで暮らしやがって、という感じだよね(笑)。でも時代もあるし、恨みつらみを言うつもりはないけどね」と植木会長は笑う。

 植木会長もうらやむ寮を訪れると、訓練生が先輩から受け継いだ自習道具で、次のフライトに備えて予習していた。

◆先輩から受け継ぐ自習道具

 第1回と第2回で触れたとおり、フェニックスで訓練生は最初に実機に乗ることになるプロペラ機課程、旅客機に近い感覚を覚えるジェット機課程と訓練を受けていく。プロペラ機はファルコンフィールド空港、ジェット機はメサ・ゲートウェイ空港と訓練する場所が異なることから、寮は中間地点に構えた。両空港に片道20分ほどの場所にあり、バスで通う。

 フェニックス訓練室のはぎ野(「はぎ」は「くさかんむり」に「穐」)伸也マネジャーは、「訓練所の経理業務や、寮と結ぶバスの新しい時刻表を作る際のやり取り、訓練生が病気になった際のケアなども仕事です。訓練生のソロフライトとチェック(審査)がある時は、必ずオフィスにいるようにしています」と、もう一人のスタッフと共に訓練生の生活をバックアップしている。

 「最初に訓練生がやってきた時は、とにかく水を飲むように言います」(はぎ野さん)と、日本とは次元の違う水分補給が必須になることを訓練生に伝える。寮などの管理も、日本人相手の仕事とは違い、電球の交換すらスローペースだという。フェニックス赴任前にも欧州の会社とやり取りする部署にいたはぎ野さんですら、米国人のペースを予測しながらの仕事は骨が折れる毎日のようだ。

 寮を見学させてもらうと、以前住んでいた先輩から受け継いだという計器を模した「紙レーター」や、滑走路の模型があった。こうしたものを活用し、iPadやテキストを使った予習だけではなく、感覚を日々磨いてフライトに挑んでいる。

 はぎ野さんは、「訓練を受けられることを、当たり前のように思って欲しくないです」と話す。経営破綻を経て会社が多くの人の支援や犠牲の下に再建したことや、訓練には多額の費用がかかることを、訓練生に自覚して欲しいという。そうした願いは通じているようで、かつてのように訓練生用の帽子を用意しようという案が出た際には、訓練生から「ほかに使えることがあるはず」と、お金を有効活用して欲しいと要望されたそうだ。

 訓練再開から5年が過ぎたことで、フェニックス訓練室立ち上げ当初のことを知っている教官も徐々に帰国しつつある。「立ち上げた精神は引き継いでいかないといけないですね」(はぎ野さん)と、思いを継承することの大切さに触れた。

 次回からは、ボーイング737-800型機を実際に飛ばすグアムでの訓練に移る。

(つづく)

Tadayuki YOSHIKAWA

最終更新:9/16(月) 10:15
Aviation Wire

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事