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オダギリジョー監督、現代映画へ飽きる部分も「まだまだ日本映画に期待している」

9/17(火) 12:00配信

オリコン

■「Film makers(映画と人 これまで、そして、これから)」第18回 オダギリ ジョー監督

【画像】映画『ある船頭の話』場面カット

 俳優として数々の作品に出演し、高い評価を得ているオダギリジョーが、長編初監督として臨んだ映画『ある船頭の話』が完成した。前回監督としてメガホンをとった『さくらな人たち』から約10年。オダギリ監督は作品にどんな思いを込めたのだろうか――胸の内を聞くと、日本映画界への危機感が垣間見えてきた。

■『さくらな人たち』と同時に書き進められた脚本
 
 前作『さくらな人たち』が、一部劇場で限定公開されたのが2009年4月。そこから10年のときを経て、初となる長編映画『ある船頭の話』が劇場公開となる。本作は、明治から大正を思わせる時代、とある河で、村と街を繋ぐための河の渡しを正業としているトイチという老人を通して、人間にとって本当の価値とはなにかを問う物語だ。オダギリ監督が脚本を書いたのは約10年前だという。

 「実は『さくらな人たち』と同時にこの作品の脚本も書いていたんです。僕自身、俳優のときもそうなのですが、一つの役にグッと集中したいときもある一方で、同時にもう一つまったくちがう役をやることで、そのふり幅が互いに良い影響を与えることがあったりするんです。『さくらな人たち』は馬鹿馬鹿しいコメディ。『ある船頭の話』は真面目な話だったので、両方進めることでバランスをとっていたんです」。

 同時に進んでいた脚本。作品の規模やテーマ性を考えたとき、『ある船頭の話』は製作費もかかることが想像され、中途半端に手を出すのはもったいないという思いもあり、一旦止めたという。そこから「映像を作る気になれなくなった」ことで、その脚本は、そのまま放っておかれた。

■いまの分かりやすいものを投げかける風潮を疑問視していた

 それから10年、映画『宵闇真珠』でメガホンをとった名カメラマン、クリストファー・ドイルから映画監督を勧められ、止まっていたときが動き出した。「クリスと一緒に楽しいことをしたかったという思いと、彼なら、きっとこの作品を良いものにしてくれるだろうという確信が持てたんです」。

 脚本は10年前に書いたものから、設定や時代背景はほぼ変えず、唯一調整を施したのが主人公。執筆当時は、オダギリ監督自身が演じるつもりだったというが、本作では名優・柄本明が務めることになった。その理由について「本気で取り組むなら、監督と俳優の両方をやるだけの余裕がないと思ったから」と明確に答える。

 映像化された作品は、柄本演じる主人公・トイチと、彼に河を渡してもらうためにやってくる人々との舟上での会話をメインに、ミニマムかつシンプルに展開する。それだけに、映像には余白が多く、想像力を掻き立てる。「いまの映画は、分かりやすいものを投げかけ、簡単に答えを渡すものが多い。そういうものを全面的に疑問視していました。脚本の段階から、いろいろな解釈ができる余白は意識していました」。

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最終更新:9/21(土) 11:25
オリコン

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