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「白衣観音 慈悲の御手」作者 森村酉三の全体像や建設の謎に迫る 近代美術館 没後70年で企画展

9/17(火) 6:05配信

上毛新聞

 群馬県高崎市の白衣大観音の原型制作者として知られる鋳金工芸家、森村酉三(旧宮郷村出身)。没後70年を記念した企画展「森村酉三とその時代」が21日から、群馬県立近代美術館(高崎市綿貫町)で開かれる。帝展で入選を重ね、美術協会結成に尽力するなど群馬県美術界の礎を築いた。同展では恩師や寿々夫人らの作品を含め約140点を展示する。

◎群馬県美術展覧会の基礎築く 動物モチーフに制作

 酉三の作品には、動物をモチーフにした香炉や置物が多い。当時、都市部沿線を中心に「文化住宅」と呼ばれる和洋折衷の住宅が流行。床の間にも洋風な室内空間にも対応するモダンな置物が求められた。酉三はこうした時代背景をくみ、1928(昭和3)年の帝展に「ペリカン銀香炉」を出品。この作品の入選以降、一貫して動物をモチーフとする作品を出品するようになった。

 当時の工芸家としては珍しく、小品に加え建築装飾や肖像など大きな作品も残した。地元の有力者、森村家をはじめとする後援会が後ろ盾となり、古里から多くの依頼が寄せられた。酉三も期待に応え、初代高崎市長の「矢島八郎翁像」など名士の胸像を多数制作。それらは穏やかな写実表現により、モデルの在りし日の姿をしのばせる。

 酉三は群馬県美術界発展にも寄与した。1927年には県規模の美術展の始まりとなる素人美術展(翌年から上毛美術展覧会)の審査員を務めた。また旧制前橋中の同級生で日本画家の磯部草丘、洋画家の横堀角次郎とともに結成した「三酉会」を中心に、41年に「三山美術会」(後の群馬美術協会)を結成。同会を母体に「群馬県美術展覧会(県展)」が創設された。県展は今年、70周年を迎える。

 酉三は高崎白衣大観音の原型制作者として有名だが、実は他にも制作を依頼された作家がいたと言われている。大観音のモデルとされる人物にも諸説あり、大観音建設の裏に隠された謎に迫るシンポジウムが会期中に開かれる。

 企画展には県内外の施設や個人所有の作品が多数集まり、これまで断片的にしか分からなかった酉三の全体像が明らかになった。学芸員の神尾玲子さんは「酉三は戦後すぐ亡くなり、作品の大半は戦時中に供出された。現代まで名を残せなかったが、面白い作品をたくさん残した。もう一度、再評価していきたい」と話している。(飯島礼)

【略歴】もりむら・とりぞう

 1897年、旧宮郷村連取(現伊勢崎市連取町)生まれ。旧制前橋中を退学後、沼田中へ入学。東京美術学校(現東京芸術大)在学中、農商務省の美術工芸展に入選。卒業後も帝展や新文展に入選を重ねる。1934年に白衣大観音の原型を制作。49年に52歳で死去した。

【メモ】「森村酉三とその時代」

 「森村酉三とその時代」は11月10日まで。9月29日はシンポジウム「高崎白衣大観音の謎に迫る」が同館で行われる。原則月曜休館(祝日は開館)。一般820円など。問い合わせは同館(電話027-346-5560)へ。

最終更新:9/17(火) 6:05
上毛新聞

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