ここから本文です

【ノア】拳王 超格闘エリートだった

9/18(水) 16:37配信

東スポWeb

 栄光と苦悩を経験し、夢の大舞台へ――。ノア「N―1 VICTORY」覇者の拳王(34)が17日、意外な半生を明かした。前夜は杉浦貴(49)との優勝決定戦を制し、11月2日東京・両国国技館大会でのGHCヘビー級王者・清宮海斗(23)への挑戦が決定。団体復興のために反体制を貫く男は、日本を代表する超エリートアスリートの過去を持つ。

 激闘から一夜明けた拳王は「自分の信念を貫き、ノアのリングに再び輝きを戻す」と誓いを新たにした。ノアは2月からリデットエンターテインメント社が親会社になり、新体制に移行。激動の1年を締めくくるビッグマッチが、11月2日の両国大会だ。

 メインを務める清宮とのGHC戦は、波瀾万丈の格闘技人生を歩んできた拳王にとって特別な思いがある。徳島市出身で、3歳から日本拳法を始めて以来、競技に打ち込んだ。高校3年の2003年には史上最年少で全日本選手権優勝の快挙を達成。「中学の時はレスラーになりたくて。徳島には英雄の新崎人生がいたから、俺の中でプロレスイコール、みちのくプロレスだった。でも全日本で優勝して夢の方向が変わった」と振り返る。

 また、父親は地元の公務員で「プロレスなんてとんでもない。進学しろ」と厳命されて19歳で初めて「現実」に直面する。選んだのは明大の体育会拳法部だった。「この時、プロレスへの熱意は完全に日本拳法に向いていた」。すぐに頭角を現し、2年時には世界大会で優勝。3~4年時には全日本学生選手権大会で2連覇を達成した。後輩にはボクシングの元日本スーパーフェザー級王者、尾川堅一(31=帝拳)も在籍した名門で、4年時には主将として30人以上の部員を統率した。

 明大の卒業時には複数企業から勧誘されるも、新崎自らがスカウト。「神様が来いって言うんだから行くしかねえだろ。大学も卒業したから親父も納得してた」と08年にみちプロに入団した。ついに夢を実現させるも、第2の苦難が5年後に訪れる。団体で頂点を極めると、レスラーとしての壁に直面したのだ。

「将来が見えてしまった。金銭的に生活という現実にも直面した。その時、新崎さんからノアに行けと言われたんだ。神様の言葉には逆らえねえだろ」。14年からノアに本格参戦し、翌年3月に正式移籍。その後の活躍を語る必要はないだろう。

 17年12月には悲願のGHC王座を初戴冠。団体内では反体制派の旗手を務めるが「俺以上に団体の未来を考え、清宮の素質を理解してる人間はいない。会社が甘やかすなら今がピーク。でも違う。未来を担う逸材だ。俺が一度楽にしてやる」。新生ノアをさらなる高みへ導くため、両国の舞台に立つ。

最終更新:9/18(水) 16:42
東スポWeb

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事