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三谷幸喜氏、幼少期は人形遊びで舞台演出!?母も登場…「直撃!シンソウ坂上」

9/19(木) 8:21配信

スポーツ報知

 

 映画監督で脚本家の三谷幸喜氏(58)が、19日に放送されるフジテレビ系「直撃!シンソウ坂上」(木曜・後9時)に出演。三谷氏が脚本を担当したドラマの歴代視聴率トップ3を懐かしい映像と共に振り返ることになった。

 三谷氏は、同局系ドラマ「古畑任三郎」シリーズ(1994年~)、同局系ドラマ「王様のレストラン」(1995年)、NHK大河ドラマ「新選組!」(2004年)、NHK大河ドラマ「真田丸」(2016年)などの脚本を担当。舞台では「オケピ!」(2000年)、「日本の歴史」(2018年~2019年)などで作・演出を務め、映画では「ラヂオの時間」(東宝/1997年)を皮切りに、最新作「記憶にございません!」(東宝/公開中)までの8作で脚本と監督を務めている、日本を代表する監督・脚本家。

 番組では、そんな三谷氏がどのように育ってきたのかを探るため、彼の母親・直江さんに自宅で独占取材。1961年、東京で生まれ、一人っ子だった三谷氏は、母と祖父母、さらに年が離れたおじとおばら7人に囲まれて生活をしていた。大人たちの言葉が飛び交う家庭環境で育ち、近所のおばさんに会えば「奥さん、よくお会いしますね」と大人びたあいさつをし、もらったお年玉の大部分をミステリー小説につぎ込むような少年だった。

 また当時、人形遊びに夢中だった三谷氏は、母の日のサプライズとして、直江さんに人形劇をプレゼント。それは、直江さんの部屋いっぱいに人形を配置し一つの“村”を作り上げたセットで、音楽や照明を駆使しながらストーリーを作り上げる大作だったという。 三谷氏がおそらく人生で初めておこなった舞台演出に、直江さんは感動して涙したという。そして、三谷氏の才能を感じていた直江さんは、息子が当時憧れていた「喜劇王」チャールズ・チャップリンに会うために、2人でスイスに会いに行くという驚きの行動に出る。スタジオでは、三谷が人形劇を企画した背景や、チャップリンに会いに行った際の顛末(てんまつ)を語る。

 三谷氏は演劇の世界を目指し日大芸術学部へ進学、そして在学中に劇団「東京サンシャインボーイズ」を旗揚げ、中心メンバーだった西村まさ彦、梶原善、相島一之は今なお活躍を続けている。今でこそ伝説の劇団として語り継がれている「東京サンシャインボーイズ」だが、旗揚げ当初は全く客が入らず劇団は赤字運営だったという。

 そこで、劇団の活動資金を得るためにテレビの放送作家のアルバイトを始めることに。しかし、企画会議では雰囲気になじめず積極的な発言ができないまま。一度は放送作家の職を投げ出し、無職状態に陥ったが、そんな不遇な時期に1本の電話が彼の運命を変える。それは、深夜ドラマながら人気を博していた同局系「やっぱり猫が好き」(1988年~)の脚本のオファー。放送作家として結果を出すことができず、テレビの世界は向いていないと思っていた三谷氏だったが、この作品をきっかけに大ブレークを果たした。

 さらに、担当する作品に「東京サンシャインボーイズ」の劇団員を出演させることで、劇団自体も有名になっていった。しかし、人気絶頂の1994年に「東京サンシャインボーイズ」は活動を休止。スタジオで活動休止を決めた際の思いを語った。

 活動休止後、それぞれのフィールドで活躍していた劇団員たちは、活動休止から8年後に願わぬ形で再集結することになる。きっかけとなったのは、三谷氏と大学の同期で、劇団の中で最も頼りにしていた俳優・伊藤俊人(享年40)の早すぎる死。伊藤への思い、そして伊藤が亡くなった際の病室での驚くべきエピソードも明かされる。

最終更新:9/19(木) 8:21
スポーツ報知

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