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小糸製作所株買い占めの「物言う株主」ピケンズ氏死去

9/18(水) 13:30配信

ニュースソクラ

実は仕手筋「麻布自動車」の手先にすぎなかった

  トヨタ自動車の系列部品メーカー小糸製作所の株式を買い占めた米国の投資家、ピケンズ氏が9月11日に亡くなった。91歳だった。

 多くの評伝が同氏が「もの言う株主」の走りだったと紹介している。確かにそうかもしれないが、おかしな経営に物申す「善玉」投資家かというと実態は違う。株急騰を演出して売り逃げる投機筋に過ぎなかったことは、覚えておく必要はあるだろう。

 背景になったピケンズ氏による小糸製作所株の買い占めは、小糸製作所がトヨタの系列となりグループ外に売り上げが伸ばせないのが株主利益を侵害しているとの主張だった。当時は日本の市場は閉鎖的だと市場開放を迫る日米構造協議が進行中で、そのテーマの一つが自動車メーカーの系列問題だった。

 私も89年9月に英国駐在から帰国し、日経新聞証券部の記者の一人として90年6月に東京の高輪プリンスホテルで開かれた小糸製作所の株主総会を取材した。ピケンズ・サイドも30人ぐらいの株主を出席させたが、老若男女をとりまぜ、いかにも一般的で穏やかな米国人がそろっていた。

 一方、小糸側は会社側総会屋とみまがうばかりの強面で体格のいい社員を総会会場の最前列から3列目あたりに陣取らせた。ピケンズ側の穏やかな婦人が質問しようとすると「議事進行」などのヤジの嵐となり、まさに「社員総会屋」による質問妨害だった。

 総会を見る限りは、まともなのはピケンズで、小糸の総会運営は、古臭く、スマートで民主的なものではなかった。ピケンズ側の方が正論に見えたものだ。

 だが、実態は違った。それを暴いたのは91年春になって施行された改正証券取引法で導入された、5%ルールだった。5%ルールとは上場企業の株式の5%以上を保有した場合は、証券取引所に届け出て、その事実を公表しなければならない制度だ。

 その公表の際には、保有株の実際の株主が誰であるかも注記しなければならなかった。

 ピケンズ氏はこのルールに沿って5%以上の保有を公表していたが、実際の株主は明かさなかった。だが、実態は違うとの情報を得た大蔵省証券局(現在は金融庁)の担当課長補佐(検察庁から出向していた検事)がピケンズ氏の顧問弁護士を呼び出して、実態の株主を開示しないなら、証券取引法違反であり刑事訴追の対象になると言い渡していた。

 私は取材でその課長補佐に接触、大蔵省は5%ルールに違反するなら刑事訴追の対象にする方針だという記事を日経新聞夕刊の一面に掲載した。これをみたピケンズ氏の顧問弁護士は観念し、ピケンズ氏に株を貸しているのは当時、仕手筋(投機家)として有名だった麻布自動車であることを公表した。

 これにより、ピケンズ氏が「善玉」株主でなく、株の高値買い取りをトヨタに迫っていただけの投機家の手先だったことが明確になった。系列問題はその後も米国は改善を求め続けたが、主張は説得力を欠くようになり、大きな修正はなかった。

 ちなみに、日経記者の先輩、永野健二氏は著書のなかで、この麻布自動車がトヨタグループによる小糸株買取を求めた際、仲介役として安倍首相の父、安倍晋太郎氏が介在した事実を指摘している。

 ピケンズー小糸問題は、いまは記憶する人も少ないが、バブル崩壊直前の歴史的な事件だった。

■土屋 直也(ニュースソクラ編集長)
日本経済新聞社でロンドンとニューヨークの特派員を経験。NY時代には2001年9月11日の同時多発テロに遭遇。日本では主にバブル後の金融システム問題を日銀クラブキャップとして担当。バブル崩壊の起点となった1991年の損失補てん問題で「損失補てん先リスト」をスクープし、新聞協会賞を受賞。2014年、日本経済新聞社を退職、ニュースソクラを創設

最終更新:9/18(水) 13:30
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