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小川航基、水戸での決意。当落線上の東京五輪代表エースの座をあきらめてはいない

9/18(水) 12:28配信

GOAL

東京五輪の開幕まで約10カ月。18人の枠を巡り、選手たちはクラブで、代表で鎬を削っている。東京五輪世代のエースとして年代別代表から戦ってきた小川航基もその一人。現在、J2・水戸ホーリーホックで結果に向き合う日々を送っている。

先を行く五輪世代のライバルたち

 東京五輪でエースを担うのは誰か?

 どん欲なまでにゴールを狙うスタイルでU-22日本代表のFW陣をけん引する上田綺世。コパ・アメリカでA代表としてもデビューした上田は、この夏法政大サッカー部を退部し、鹿島アントラーズとプロ契約を結ぶと、すでに明治安田生命J1リーグ6試合で3ゴールを挙げた。

 7月に松本山雅FCからポルトガル1部のマリティモへ移籍した前田大然も、同じくコパ・アメリカでA代表デビュー。2018年12月の立ち上げ当初からU-22代表が採用する基本布陣[3-4-2-1]の最前線とシャドーを担える器用さに加え、圧倒的なスピードと守備での献身性を買われて、常時招集を受けている。

 加えて、オーバーエイジ(24歳以上の選手が3人出場できる枠)で大迫勇也(ブレーメン)の参戦も噂されている。勝ち抜くのは簡単ではない。

 エースの座をめぐる熾烈な争い――。年代別代表で活躍してきた小川航基も候補の一人だ。186cmの高さを生かしたポストプレーと動き出しの良さで評価を高め、現在のU-22代表のベースとなるU-20代表時代から、東京五輪のエースとして期待されていた。だが、現在は当落線上にいる。

大けが、クラブでの停滞、代表選外

 プロとしてのキャリアをスタートさせたのは2016年。高校ナンバーワンストライカーの肩書きとともに桐光学園高からジュビロ磐田へ加わった。2年目の17年にJ1デビューを果たすと4月にはJリーグYBCルヴァンカップでハットトリックを達成。飛躍の予感を漂わせた。しかし、直後の5月、エースとして臨んだU-20ワールドカップグループステージ第2節・ウルグアイ戦で、左ひざの前十字靭帯と外側半月板を損傷。長期離脱を余儀なくされた。

 大ケガからの復帰はほぼ1年後の18年5月。肩を脱臼するアクシデントに見舞われながらも、シーズン終盤にかけて磐田で出番を増やしていく。同年12月のJ1参入プレーオフ決定戦の東京ヴェルディ戦では自ら奪ったPKを決め、J1残留に貢献するとともに、自身も浮上の兆しを見せたかに思えた。

 だが、輝きは一瞬。今季は調子が上がらず、出番を得られなくなった。チームが下位に低迷したことも重なり、ベンチからも外れることが増えた。コンディションが整っていても出場できず、試合勘も失われていった。

「よく分からない」

 当時の小川はネガティブな言葉を口にする機会も多く、出口のない迷路を彷徨っていた。クラブでの停滞は代表にも影響し、3月にミャンマーで行われたAFC・U-23選手権タイ2020予選は招集外。悶々とする日々の中で懸命に光を探した。

 居残りでのシュート練習。長期間のリハビリ以降は終盤に足をつる癖がついたため、時間を見つけては関東に赴き、高山トレーニングで心肺能力を高めた。

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最終更新:9/18(水) 13:24
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