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昭和天皇もゴルファーだった ゴルフを“輸入”した商人たち/ゴルフ昔ばなし

9/19(木) 7:38配信

ゴルフダイジェスト・オンライン(GDO)

ゴルフライターの三田村昌鳳氏とゴルフ写真家・宮本卓氏の対談連載「ゴルフ昔ばなし」は令和元年、兵庫県の廣野ゴルフ倶楽部にあるJGAゴルフミュージアムを訪ねました。明治時代に伝来した現在のゴルフは、欧州と米国の文化と交わりながら発展してきました。今回は館内の展示品を眺めながら、その創成期について理解を深めます。

【画像】100年前のゴルフクラブはバラエティー豊かだった

“I played golfing in the morning.”

―日本でゴルフが広まったのは20世紀初めの明治時代。英国商人アーサー・グルームの力によって1901年、当時4ホールで始まった神戸ゴルフ倶楽部が日本初のゴルフ場でした。ここから日本にも多くのアマチュアゴルファーが誕生し、その後プロゴルファーも出現しました。

三田村 日本人で最初のアマチュアゴルファーとして名前が挙がるのが、水谷叔彦(みずたに・としひこ)さん、新井領一郎(あらい・りょういちろう)さんのふたりだろう。水谷さんは海軍機関学校を卒業して、イギリスの海軍大学に留学した。1896年(明治29年)も友人に勧められてゴルフをしたという記述がある。1月1日付けの日記に“I played golfing in the morning.”と。神戸ゴルフ倶楽部ができるよりも前のことだね。新井さんは生糸の貿易商で63年間も米国に住んでいた。ゴルフを覚えて、一時帰国するたびに日本でも友人を誘ったという。
宮本 復習になるけれど、米国で最初にできたゴルフ場は1888年、ニューヨークのセントアンドリュースGC。スコットランド移民がリンゴ園に造ったコースからはじまった。

三田村 新井さんはシルクの貿易に懸命に励みながら、白人社会で信用を得たが、激務により体を壊してしまった。そんなとき、米国にはバケーション文化があることを知る。療養のためにノースカロライナ州のパインハーストに行ってゴルフを覚えた。それが1902年前後のこと。元気になってニューヨークに戻ると、「こんなにおもしろいものがあるんだ!」と周りに勧めたそうだ。日本銀行のニューヨーク支店に勤務していた井上準之助(いのうえ・じゅんのすけ)さんは、新井さんの教えを受けてゴルフに夢中になり、帰国後に東京ゴルフ倶楽部の創始者のひとりになった。
宮本 これが初めて日本人の手でつくられたゴルフクラブ。現在の東京ゴルフ倶楽部は埼玉県狭山市にあるけれど、設立された1913年(大正2年)当時は東京の駒沢にあった(1932年に埼玉県朝霞に移転、第二次世界大戦中に陸軍に買収され、戦後に現在の狭山で復活した)。

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