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佐賀バルーナーズのがばい社長、竹原哲平は21歳「今こそ経営面でも僕らの世代が」

9/19(木) 18:05配信

バスケット・カウント

父はサガン鳥栖の社長、21歳でチームを立ち上げる

取材・写真=古後登志夫 構成=鈴木健一郎

今シーズンからB3リーグへの入会が認められた佐賀バルーナーズは、2018年に創設されたばかりの新しいプロバスケットボールクラブ。代表取締役社長を務める竹原哲平は「4年前に高校を卒業したのですが、大学は1週間ほどで辞めて、ユヴェントス(イタリアの名門サッカークラブ)の関連会社でプロチームの運営、日本のファン向けのマーケティングなどすべてを見せてもらいました」とのこと。現在21歳ということは八村塁と同世代となる。

クラブを立ち上げたのは昨年春。「立ち上げながらイタリアから帰ってきました」というパワフルさでチームを引っ張ってきた。「見ての通り、若いから何もできないですよ。でも、若いからできないじゃなくて、若いからできることをやっていきたい」と熱く語る。バスケに限らず日本のプロスポーツクラブで最年少の経営者であろう竹原代表に、その思いを聞いた。



──私の知る限り、数年前まで佐賀市にプロバスケクラブの計画はなくて、急に立ち上がって地域リーグからB3へと駆け上がった印象です。チームができた経緯を教えてください。

もともと僕は生まれが佐賀市で、育ちが鳥栖市。ずっと佐賀県で育ちました。佐賀県のために何かをやりたいという地元愛があっても、表現できる場がないという葛藤がありました。イタリアでたまたまバスケットのプロリーグを見る機会があって、野球やサッカーよりも日本人が観戦するのに合うと感じました。2023年に佐賀市に8000人規模のアリーナができるのが決まっていたこともあって「バスケチームを一から立ち上げてBリーグに入りたい!」と。

もともとバスケが特に好きだったとか、プレー経験があるわけではありません。それでもBリーグの盛り上がりを見ていて、日本で一番のスポーツになるんじゃないかとの印象は持っていました。経営面でうまくいっているクラブが現時点でも多く、そしてバスケの人を熱くする部分に一番魅せられました。

──お父さんはサッカーのサガン鳥栖の社長を長く務めていますね。

その関係で佐賀県をスポーツで盛り上げたいという気持ちがありました。鳥栖市は人口7万人ですが、先日のサガン鳥栖のホームゲームには2万人が集まっています。佐賀市は27万人、可能性がありますよね。ただ、それと同時に人口が激減している地域でもあります。いずれ街がなくなるんじゃないかという危機感がある中で、佐賀市にアリーナができる。これはもうやるしかないと思いました。じゃあ、Bリーグバスケだろ!  って。

父の背中は大きかったです。サガン鳥栖に携わった当初は4000人ぐらいしかお客さんが入らない試合が普通にありました。県民性を考慮しながら経営戦略を立てていかなければいけない。サガン鳥栖も過去には経営破綻をしています。当時、このチームでフェルナンド・トーレスがプレーするようになるとは誰も想像できなかったでしょうね。その物語、歴史があるから地域に密着して愛されるチームになる。そこは父の背中を見て学んできたつもりです。

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最終更新:9/19(木) 18:05
バスケット・カウント

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