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内田樹氏、「断韓」を中刷りにした週刊ポストに怒ったわけ

9/19(木) 12:31配信

ニュースソクラ

大手出版が社会を分断するのは許せない、HANADAとは違う

 神戸女学院大学名誉教授の内田樹氏に『週刊ポスト』の嫌韓的記事の特集を入り口に、横行する排外主義などについて聞いた。内田氏は背景に、中国など独裁国家の経済的成功があるという。(聞き手は角田裕育)

 ――今回の『週刊ポスト』の嫌韓的排外主義的な記事の見出しに憤りを表明し、今後は一切寄稿しないと宣言されました。しかし『週刊ポスト』関係者は記事の内容は数号前から変わっていないのにと考えているようです。

 内田樹氏(以下内田) 週刊ポストの実売は35万部、記事の詳細にまで眼を通す人は多くありませんが、新聞広告の見出しや中づり広告はその数十倍の人の目に触れます。そして、多くの人は見出しで世論の潮目を判断する。

 日本には五十万の在日韓国・朝鮮人の人がいます。「韓国なんていらない」という文字列を見たら、どれほど不安な思いに駆られるか。見出しだけで判断するな、記事の詳細を読んでから文句を言えという人がいますが、そんなエクスキューズは通用しません。

 記事内容を大幅に誇張したタイトルをつけて、それで「記事を読まない人たち」をある方向に誘導するというのは週刊誌の定型なんですから。

 何より許しがたいのは、この広告によって小学館という老舗出版社が国民の分断に加担したことです。小学館や講談社のようなサイズの出版社には固有の社会的なミッションというものがあります。ただ金になれば、どんな本を作ってもよいというものではありません。

 『WILL』や『Hanada』のような雑誌は最初から国論の分断をめざして出版されているので、お好きにすればよいと思いますが、大手出版社の責務は違う。1億2700万人国民の一人でも多くの声を拾い上げて、国民的な対話の場を立ち上げることは大手メディアの第一の社会的使命のはずです。

 対話の場を立ち上げるべきメディアが、国民の一部を組織的に排除し、対話の可能性を拒絶するというのは、社会的使命の放棄というに等しいと思います。

■大手出版には社会的なミッションがある■

 ――小学館や講談社クラスの出版社になるとテレビ局のように公共性が高いということですか。

 内田 公共性というのは必ずしも中立性ということではありません。中立性というのはいまのメディアがやっているように、非常識的な言葉にも、差別的で排外主義的な言説にも「両論併記」で場所を与えることです。「言論の自由」というルールを機械的に適用しているだけで、社会的公正をめざしているわけではない。

 表現の自由には「手段としての表現の自由」と「目的としての表現の自由」の二つがあります。表現の自由を禁圧する社会をめざす人たちが、その発言を「表現の自由」を盾にして行うことは許されません。表現の自由はただの固定的な形式のことではありません。さらなる表現の自由をめざす力動的なプロセスのことです。

 ――そこまで憤りを感じていて、小学館の依頼は断るということですか?

 内田 別に未来永劫仕事をしないというわけではありません。きちんとした謝罪があれば水に流します。ただ、ホームーページでの今回の謝罪はまったく謝罪になっていないと思います。今回も「誤解が招くような文言があったこと」について謝罪はしていますが、テクスト自体が間違っていたと言っているわけではありません。

 記事の本旨を誤読した読者に最終的な責任を押し付けて、書き手を免責している。だから、いずれほとぼりが冷めたら、また同じことを始めると思います。

■排外主義が蔓延するのは世界情勢が背景■

 ――嫌韓本のような排外主義の本が出版業界では一定のビジネス市場を形成しています。その辺をどう考えますか。

 内田 排外主義は世界的な流れです。アメリカもドイツもフランスも北欧も南米も東アジアも、どこでも一国主義、排外主義が勢いを増している。民主的で穏健で対話的な政治が成功している国を探す方が難しいくらいです。

 強権的で非民主的な国が増えている最大の理由は中国の成功だと思います。中国はたしかに効果的に統治されている。経済的にもめざましい成功をしているし、AI軍拡競争でアメリカを抜くのは時間の問題だと言われている。いずれ中国も経済成長の過程で民主化せざるを得ないだろうと欧米は楽観していましたが、その予測はいまのところ当たっていない。

 これからアメリカの国力が衰微し、中国が世界のスーパーパワーになってゆくという見通しがかなり広く国際社会では共有されている。独裁制によって国民を統制し、自国国益を最優先し、国際的協調を軽視することによって中国は成功したのだと思い始めた人たちが無意識のうちに「中国モデル」を模倣し始めている。

 もう一つは株式会社という企業形態がデフォルトになったことです。株式会社はCEOが全権を握って、トップダウンでことが決まる。トップの掲げるアジェンダに賛成する人間だけが登用され、反対する人間は馘になる。経営方針の適否は社内の合意によって判断されるのではなく、市場が判断する。

 株式会社は民主主義とまったく無縁の組織ですけれど、それが現代社会の支配的な組織形態になっている。今の人たちは生まれてからそういう非民主的な組織しか見たことがない。だから、非民主的な国家運営を見ても別に違和感を持たない。「うちの会社と同じだ」と思うだけで。

 中国は国家そのものが一種の巨大な株式会社になっていると考えたらよいと思います。行政だけでなく、司法も、企業活動も、大学の学術活動も、すべてを習近平の指示で動かすことができる。だから、ある特殊なテクノロジーの開発が国家的急務であると党中央が判断すれば、挙国的な体制が一瞬で出きて、そこに膨大なリソースを集中させることができる。

 アメリカでは同じことができません。GoogleやApple で働いているサイエンティストに「明日からアメリカ国防省でAIセキュリティーの開発をしろ」と政府が命令するわけにはゆかない。企業活動の自由が認められ、個人の人権が認められている社会では、中国のような「リソースを一点に集中する」という技が使えない。それがAI軍拡競争でのアメリカの劣勢の理由です。

 だから、いま世界の人たちは「議会制民主主義は、統治方法として効率が悪い」と思い始めている。アメリカでも、イギリスでも、フランスでも、ドイツでも、どこでも議会制民主主義を採用している国の国力が相対的に下がっている。だから、トランプも、ボリス・ジョンソンも、無意識的には習近平やプーチンを模倣しています。もちろん安倍晋三も。

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最終更新:9/19(木) 12:31
ニュースソクラ

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