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「墓マイラー」体験記

9/20(金) 14:32配信

47NEWS

 「墓マイラー」をご存知だろうか。

 墓を巡ってマイレージをためる人のことではない。

 昨今、墓参りが趣味の人をそう呼ぶらしい。参るのは、歴史上の人物や著名人の墓。そのルーツは江戸時代にさかのぼる。

 趣味としての「墓参り」は、江戸時代「掃苔(そうたい)」と呼ばれた。 

 字のまんま、墓石の苔を掃きながら、様々な思いを馳せたという。

 墓石の拓本、有名人のお墓カタログ「掃苔録」もあり、現代の「墓マイラー」にあたる「掃苔家」と称する人もいたらしい。

 「掃苔家」の筆頭は『南総里見八犬伝』の作者・滝沢馬琴。さらに森鴎外、永井荷風といった文人の名前も挙がる。

 作家の山崎ナオコーラさんが、『文豪お墓まいり記』(2019年・文芸春秋社)という本を出している。雑誌の『文學界』に連載されていたので、私もたまに読んでいた。

 文豪のお墓をご主人と一緒に訪れて、霊園近くで腹ごしらえをしたり、ちょっとしたお供え物を手に墓参りをしている描写が面白かった。

 でも、一体何が楽しくて赤の他人の墓を参るのだろう?

 ちょっと興味をそそられたので、私もやってみることにした。

 墓マイラーとしては、誰に会いたいかというのもあるが、どこの墓地に行くかが悩みどころだ。

 由緒ある青山墓地や鎌倉の墓所もいいのだが、私の幼い頃の思い出と重なる「多磨霊園」へ自然と足が向いた。

 武蔵野の一帯が昔から好きだ。

 「ハケ」と呼ばれる崖線がかたどる丘陵には湧き水も出る。

 多磨霊園は、子どもの私にとって都会との「結界」であり「異世界」だった。

 1970年代、多磨霊園の最寄駅である多磨墓地前駅(現多磨駅)は、瓦屋根に洋風な白いペンキ塗りの垣根が可愛い小さな駅だった。

 まだ米軍エリア「関東村」の名残もあり、アメリカンスクールの生徒がスケボーでピューンと飛び出してくる気配がした。

 多磨霊園が開園したのは大正時代。

 ドイツの公園墓地をお手本に作られ、日本の墓地開発のモデルと言われている。確かに陰気さはなく、景観を重視した空間が心地よい。

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最終更新:9/20(金) 15:13
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