ここから本文です

おいしくるメロンパンは、なぜこんなにもエモく季節をロックにするのか

9/20(金) 17:15配信

rockinon.com

来週9月25日(水)に4作目のミニアルバム『flask』をリリースするおいしくるメロンパン。そのリード曲となっている“epilogue”のミュージックビデオを観ていて改めて思った。このバンドは季節を歌うのが抜群に上手い。透き通るようなアルペジオに乗せて歌われるこの曲の歌詞の冒頭はこうだ。《空と涙 溶け合って/流れ出したスプーンストロー》。ここだけで、リスナーの脳裏には入道雲と青い空の風景が広がる。言葉で「今は夏ですよ」とわざわざ言うまでもなく、季節のステレオタイプなイメージに頼ることもなく、ナカシマ(Vo・G)の書く曲は季節を描き出す。


ところで《スプーンストロー》といえばかき氷、かき氷といえばブルーハワイ、そしてブルーハワイといえば“色水”である。思えばおいしくるメロンパンというバンドが最初に世の中に出したこの曲の時点で、すでに彼らの季節を描く才能は傑出していた。《色水になってく 甘い甘いそれは/君と僕の手の温度で 思い出を彩ってく/寂しくはないけど ちょっと切なくて/流し込んだ空の味》。思わずサビの歌詞を全部引用してしまったが、これほど夏という季節を的確に表現した名歌詞はほかにちょっと思いつかない。

なぜおいしくるメロンパンは、こんなにも見事に季節を描けるのか。それは、少し逆説めいたことをいえば、季節を描こうとしていないからだ。どういうことかというと、ナカシマが描こうとしているのは季節そのものというよりも、その中にある心の機微なのだ。登場人物の微妙な心の動きが、言葉とメロディとバンドサウンドによって立ち上がるとき、そこに心の背景としての季節が浮かび上がる。ナカシマは人の気持ちをダイレクトに言葉にするのではなく、たとえばスプーンストローや溶けたかき氷のような……つまりそこに「ただある」ものにぐっとクロースアップすることで、あるいはそれを包む風景をぐっと引いた視点で映し出すことで、ある種暗喩的に心を描く。だから彼の歌詞はいつでも映像的で音楽的なのであり、言葉を超えているから普遍的だし、だからそこには季節の空気がきちんと封じ込められているのである。


たとえば“紫陽花”に登場する《紫の花 乾いたアスファルトに 影を落とす》というまるで写真のような風景描写、“あの秋とスクールデイズ”の《部活帰り カーディガンの袖 教室の窓影二つ》という、カメラワークまでイメージできそうな切り取りかた……普通だったら見過ごしそうなシーンが淡い色彩で描き出されていく瞬間に、おいしくるメロンパンを聴く醍醐味がある。聴いていると熱風やひんやりと冷たい北風を頬に感じるような気がするのだ。もちろんそれは歌詞に限った話ではない。“色水”のドラムのリムショットも、“命日”の緊張感溢れるベースリフも、それぞれの情景を補強するように鳴っていて、バンドが一体となってひとつの景色を作り上げていく。

7月に配信リリースされた“憧景”はあえて「景」という字をタイトルに入れていることからもわかるとおり、そんなおいしくるメロンパンのユニークさがストレートに出た楽曲だ。《青息吐息混じる初夏の夕暮れ》と具体的に歌うまでもなく、この曲の焦燥感に満ちたギターのストロークと前のめりなドラムワークは季節の狭間の心情をこれでもかと訴えかけてくる。この曲と“epilogue”を聴いて思うのは、そんなおいしくるメロンパンの心とそれを取り囲む季節を描くセンスはますます鋭敏になり、唯一無二のオリジナリティを感じさせるものになっているということだ。誰よりも季節を上手くロックにするバンド、おいしくるメロンパン。その進化は今なお進行中だ。(小川智宏)

rockinon.com(ロッキング・オン ドットコム)

最終更新:9/20(金) 17:15
rockinon.com

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事