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現代音楽作曲界の最前衛ジョン・ケージが『四分三十三秒』への道を克明に語る―ジョン・ケージ『ジョン・ケージ 作曲家の告白』村上 陽一郎による書評

9/20(金) 6:00配信

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◆『四分三十三秒』への道、克明に語る

ジョン・ケージ。多少ともクラシック音楽の世界に関心のある方なら、現代音楽作曲界の最前衛を象徴する人物、という印象はお持ちだろう。ことによると、彼の名を斯界(しかい)に轟(とどろ)かせた『四分三十三秒』という作品名を聞き及んでおられるかもしれない。この作品を音楽として「聴いた」人は、世界に一人もいないはずであるにも拘(かか)わらず、なのである。念のために書いておくと、この作品に演奏楽器の指定はなく、楽譜は全体で三楽章で、どの楽章にも<tacet>とだけ記されていて、ただし演奏時間は全体で「四分三十三秒」という指定がある。この曲の初演の際は、ステージにはピアノ、演奏家はピアニストらしき人物。ピアノの前に、何も音を出さず(それが音楽用語<tacet>の意味である)正確に四分三十三秒だけ座っていた。勿論(もちろん)、その間、会場は「無音」ではなく、聴衆のブーイングやら、ざわめきやら、様々な「音」を聴衆は経験したはずだが。一九八九年、「思想・芸術部門」の京都賞を受賞した際は、羽織袴(はかま)の正装で登場して、彼が鈴木大拙を含む禅仏教や東洋思想、日本思想にも造詣が深いことを知る人々の間にも、ちょっとしたざわめきが起きた。

小さな本である。ケージは、自分の音楽的な遍歴の実際を、二度講演という形で残した。一つは、京都賞の受賞記念講演、つまり日本でのもので、もう一つは、遥(はる)かに若いころ、一九四八年に行った講演、これは永らく公表されなかったが、訳者の解説によると、一九九一年に入手可能になったというが、本書は、その二つの講演を再現したものの翻訳である。無論、講演時の時代の違いが、彼自身の過去への回想にも十分に反映されているとはいえ、どちらも、幼いころ家庭でピアノに親しみ始めたころからの、音楽の世界で辿(たど)った歴史を、振り返っているという点では共通している。パリへ遊学した際のラザール・レヴィ(私たちオールド・ファンには忘れられないピアニスト、教育者だが)との遣り取り、誰もが知る「現代」音楽の巨匠シェーンベルクへの師事、現代舞踏の巨人マース・カニングハムとの交流、あるいは日本の前衛作曲家小杉武久など、日本の読者にも馴染(なじ)みの人々との関わりばかりでなく、音楽の世界で交わった様々な人々の仕事や活動が、自身の作曲技法の変遷に関する情報とともに、生々しい筆致で鮮やかに描写されていて、極めて魅力的な内容になっている。

特に、あの『四分三十三秒』は、流石に当初から話題性が高かったこともあるのだろう、自身としても、そこに至る音楽への姿勢の変遷が克明に語られていて、本書のハイライトをなす。「無音」は、通常しばしば禅との関わりが指摘される。それが否定されているわけではないが、「座った」経験はない、と言い、大拙との関わりは、時間的には「後」であったというのも、面白い。

しかし、このように概括してしまうと、ケージが関わってきた、一見音楽とは異なったと思われる実に多彩な活動が、捉えられていないかの誤解を与えてしまうだろう。もともと、現代美術(音楽とは「違う」ジャンル、という意識は、彼の中には全くないはずだが)や現代舞踏への関心、哲学・思想、とりわけ禅ばかりではなく、東洋思想の様々な局面に対する鋭い感性の表出、など、さらには、園芸や、食用植物、とりわけ、ケージと言えばキノコ、と言われるとおり、キノコとの関わりなども率直に語られている。小著だが、ピリリと辛い書物。

[書き手] 村上 陽一郎
1936年東京生まれ。科学史家、科学哲学者。東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了。上智大学、東京大学先端科学技術研究センター、国際基督教大学、東京理科大学大学院、東洋英和女学院大学学長などを経て、豊田工業大学次世代文明研究センター長。著書に『科学者とは何か』『文明のなかの科学』『あらためて教養とは』『安全と安心の科学』ほか。訳書にシャルガフ『ヘラクレイトスの火』、ファイヤアーベント『知についての三つの対話』、フラー『知識人として生きる』など。編書に『伊東俊太郎著作集』『大森荘蔵著作集』など。

[書籍情報]『ジョン・ケージ 作曲家の告白』
著者:ジョン・ケージ / 翻訳:大西 穣 / 出版社:アルテスパブリッシング / 発売日:2019年07月30日 / ISBN:4865592067

毎日新聞 2019年9月1日掲載

村上 陽一郎

最終更新:9/20(金) 6:00
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