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後醍醐天皇、隠岐に流される途中に岡山・勝央で温泉に漬かった可能性 古文書や石像調査、赤木氏が推論

9/20(金) 19:00配信

山陽新聞デジタル

 後醍醐天皇が1332年に隠岐に流される途中、岡山県勝央町勝間田にあった温泉に漬かった―。同町文化財保護委員会の赤木耕三委員長(78)=同町=が江戸時代の古文書や絵図、石像などを調査してこんな推論を立て、地元で大きな話題になっている。住民たちは19日、由緒をPRするため、後醍醐天皇が疲れを癒やした場所にのぼりを立てた。

 赤木さんは、江戸末期の1815年に編さんされた「東作誌」に「後醍醐天皇が勝間田に入浴したという伝説があるが、それは湯郷の間違いではないのか。後世の研究を待つ」、1927(昭和2)年の「勝間田町誌」に「小深田(勝間田地区の一部の地名)には今も湯が若干涌いている」との記述があることを発見した。

 町誌には「津山藩主が出雲街道の本陣に宿泊した際、住民に温泉から湯を運ばせた。その労をねぎらうため、年貢を一部免除した」との趣旨の記載があることも分かった。

 1862年に作成された出雲街道の絵図には町誌に記された「小深田」付近に温泉を意味する「御湯(みゆ)」との記載があることを見つけた。

 「御湯」と記された場所には2体の石像があり、1体(高さ1・15メートル)は全国各地の温泉に祭られている薬師如来像、もう1体(同1・5メートル)は「文殊菩薩(ぼさつ)像」で「鎮守湯大明神」と彫られていることを突き止めた。

 これらを総合し、赤木さんは「かつて勝間田に温泉があったのは間違いない。後醍醐天皇が漬かったという伝説は事実である可能性が高いといえる」と推測する。

 温泉があった場所は勝間田高校の南東にあり、勝間田宿に残る津山藩の本陣跡から東へ約700メートル離れている。沼地で木が生い茂っていたが、1970年ごろ、一帯は田んぼになった。

   ◇

 「御湯」を記した出雲街道絵図は10月6日まで県立博物館(岡山市北区後楽園)で開催されている企画展「物見遊山」(山陽新聞社共催)で展示されている。

最終更新:9/20(金) 19:04
山陽新聞デジタル

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