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舘ひろし 俳優としての礎となった渡哲也からの言葉とは?

9/20(金) 19:10配信

TOKYO FM+

プロゴルファーの丸山茂樹がパーソナリティをつとめるTOKYO FMの番組「英語のアルク presents 丸山茂樹 MOVING SATURDAY」。9月14日(土)の放送は、前回に引き続き、俳優の舘ひろしさんが登場しました。

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◆バイカーから音楽、そして芝居の道へ……

丸山:舘さんと言えば、シンガーソングライターとしての一面もお持ちですが、音楽の道に進んだきっかけは、COOLSの結成ですか?

舘:COOLSはもともと、オートバイのチームの名前だったんですよ。最初は、映画のプロデューサーに「キミ、映画やらない?」って言われたんですけど、当時はまったく興味がなくて。その後、しばらくして音楽ディレクターが「レコードを出しませんか?」って。

丸山:それってスカウトですか!? 舘さんから履歴書とか送ったわけじゃないですよね?

舘:まったく。(当時は)音楽もやっていなかったですから。

丸山:その人たちは、どうやって舘さんのことを見つけたんですか?

舘:原宿でたむろしていたんですね。それで、「(レコードを)出してみないか?」と言われて……そのときも興味がなかったんですけど、お金をくれると言うので話を聞いてみたら「ハーレー(ダビッドソン)が買えるじゃん!」って(笑)。それで「じゃあ、やるわ」と。すごくでかいスタジオに連れていかれたんですけど、歌ったこともないんですよ。

丸山:歌を聴いたこともないのに!?

舘:とりあえず歌ってみたら、ガラスの向こうでみんな下を向いちゃうんですよ。初めて自分の歌を生音で聴いたら、無茶苦茶下手で……(苦笑)。でも、「大丈夫。何とかなりますから」って言われて、何とかなっちゃったんです。じゃあ、この前言われていた映画も“やってやろう”と思って、「暴力教室」に出て。

丸山:すごいいきさつですね。

舘:COOLSのデビュー曲「紫のハイウェイ」で、「歌詞を書け」って言われて。

丸山:作詞をしていると?

舘:そう。当時、横浜にガールフレンドがいてね。明け方にその子のところに向かう首都高が紫色に見えたんです。

丸山:わかります。朝早くゴルフに向かうときの感じですよね。この曲は売れたんですか?

舘:売れたんですよ。笑っちゃうでしょ? それで、「暴力教室」には松田優作さんが出ていて。現場ではすごくやさしかったですよ。いろいろなことを教えてくれました。

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最終更新:9/20(金) 19:10
TOKYO FM+

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