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西宮駅(JR神戸線・阪神本線)(前編) 酒造家たちが育てた郊外都市

9/21(土) 10:01配信

マイナビニュース

大阪市と神戸市という関西を代表する二大都市の中間に位置する西宮市は、明治・大正期にかけて農村から大きく発展した。大正期、大阪市は工業が伸長したことに伴って爆発的に人口は増加。大阪―神戸間に広がっていた一面の田畑は、みるみるうちに住宅へと変わった。

【写真】JR西日本はなぜ新駅を増やし続けるのか? 神戸線を走る普通電車

宅地化の影響もあり、住民たちのライフスタイルも激変した。ライフスタイルの変化は美術や文芸といった分野にも刺激を与えた。それらは阪神間モダニズムと形容される。

阪神間モダニズムの一翼を担った西宮市には、南から阪神電鉄(阪神)・JR・阪急電鉄(阪急)が東西に電車を走らせている。阪神・JR・阪急それぞれの駅は、さほど離れていない。それにも関わらず、沿線の文化は大きく異なる。そして、街の雰囲気もまるで違う。その特徴をざっくり言えば、JRから阪神側の地域は庶民的。JRから阪急側の地域は閑静な雰囲気とされる。

阪神は、プロ野球の人気チーム・阪神タイガースの親会社だ。親会社の鉄道会社を知らなくても、阪神タイガースを知っている全国のチビッ子は少なくない。ただし、阪神のホームスタジアムである甲子園球場は住所こそ西宮市ではあるものの、最寄駅は西宮駅ではなく甲子園駅。両駅は約3キロメートル離れ、やはり生活圏は異なる。 熱戦が繰り広げられる甲子園は阪神にとって重要な駅だが、同様に西宮駅も阪神にとって重要な駅になっている。

阪神は路面電車として発足した。そのため、長らく阪神の電車は地上を走っていた。現在も芦屋駅の両サイドには開かずの踏切があり、路面電車だった頃の面影を漂わせる。そして、阪神は路面電車だった名残から駅間は短い。カーブが多いのも路面電車の名残だ。
現在の西宮駅周辺は高架化されている。これは1980年頃から進められた工事によるもので、2001年に完了した。

西宮駅から1キロメートルほど東にあった西宮東口駅は、高架化によって廃止。西宮駅に統合された。駅跡にはモニュメントが残され、小さな児童公園が整備されている。また、駅西側にある産所公園には、地上線時代の踏切が保存展示されている。


駅南側には、表門から本殿までを走り抜けて先着3名を福男に選出する"福男選び"で有名な西宮神社がある。テレビでも大きく取り上げられるために、"福男選び"ばかりがクローズアップされるが、これらは毎年1月10日前後に開かれる「十日えびす」の行事のひとつ。西宮神社は全国に数多あるえびす宮の総本社で社格は高い。それでも、地元住民からは"えべっさん"と親しみを込めて呼ばれている。

阪神の西宮駅から300メートルほど南下すると、阪神高速3号線が見えてくる。それを潜ると、日本酒の酒蔵が立ち並ぶエリアに入る。阪神間は日本を代表する酒造りが盛んなエリアで、主に5つのエリアに区分できる。時にライバルとして切磋琢磨した5つのエリアは、灘五郷と総称される。同エリアはそのうちの1つで、西宮郷と呼ばれる。西宮郷では、宮水という名水が湧出することから清酒造りが盛んになった。宮水の由来は、西宮の水が略されたものとされる。

現代でも西宮郷を地盤にする酒造メーカーは多く、日本盛・白鷹・白鹿など酒呑みでなくても聞いたことがある有名メーカーが並ぶ。西宮郷には、酒蔵通りという通りもある。そして、街のあちこちに酒造りが盛んだったことを伝える遺構が残っていた。それらは、1995年の阪神淡路大震災で大半は損壊。酒造メーカーも大きな被害を出したが再出発を果たしている。

震災から20年以上が経過した。震災の傷跡は、目には見えなくなった。しかし、かつての西宮郷一帯には日本酒の歴史を感じさせる蔵や建物や塀があちこちに残っていた。それらが失われたことは、歴史的な損失と言わざるを得ない。

小川裕夫

最終更新:9/21(土) 15:06
マイナビニュース

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