ここから本文です

涙が止まらない!トルコと日本の強い絆を生んだ遭難事件とは!?

9/21(土) 12:03配信

テレ東プラス

南紀熊野ジオパーク

トルコ共和国を旅した日本人は、皆口々に「トルコは親日国であり、リスペクトを感じた」と話します。トルコはなぜ、こんなにも親日国家なのでしょうか。そもそも日本とトルコの絆の物語は「エルトゥールル号事件」から始まります。

串本町の先人たちの献身的な行いがトルコの乗組員を救った

1890年、明治天皇の親書の答礼として、オスマン・パシャ提督率いる総勢650名の使節団が軍艦エルトゥールル号に乗り日本へとやってきました。しかしその帰路、エルトゥールル号は、和歌山県串本町大島の沿岸で台風により沈没。オスマン提督含む587名の乗組員が死亡する大惨事となりましたが、串本町の住民たちは不眠不休で生存者の救助、介護、殉難者の遺体捜索、引き上げにあたり、日本全国から多くの義金、物資が寄せられたといいます。その結果、串本町住民の献身的な救助により69名の乗組員を救出。後に日本海軍の巡洋艦により、トルコへ帰国したという事件があったのです。

1985年、今度はトルコからの恩返しが。イラン・イラク戦争が続く中、イラクのサダム・フセイン大統領が「イランの上空を飛ぶ飛行機を無差別に攻撃する」という声明を発表。イランに住んでいた日本人は慌てて出国を試みますが、どの飛行機も満席で搭乗することができません。さらに日本からの救援機の派遣は「航行の安全が確保できない」との理由から見送られてしまいます。そんな時、救いの手を差し伸べてくれたのがトルコ共和国です。トルコから駆けつけた救援機2機により、日本人215名全員がイランを脱出することに成功。後に駐日トルコ大使のネジアティ・ウトカン氏は次のように語りました。「私たちはエルトゥールル号の借りを返しただけです」と。

串本町の人々が必死にトルコ人を介抱した…この出来事がきっかけで両国の歴史が育まれ、今もなおトルコは親日国として知られています。歴史が次世代へと受け継がれ、日本とトルコの間では深い絆が結ばれているのです。

そして今、先人たちの歴史と優しさに包まれ、人情にあふれた本州最南端の町・串本町が新たな挑戦で話題に…。それが、大地からエネルギーをチャージできるという“ジオツーリズム”です。

1/3ページ

最終更新:9/21(土) 12:03
テレ東プラス

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事