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坂本勇人の恩師が語る、「アイツの負けず嫌いがプロの世界で生きた」

9/21(土) 21:50配信

高校野球ドットコム

 今や球界を代表するショートストップとして取り上げられる存在となった読売ジャイアンツの坂本 勇人。2019年シーズンも20日時点で打率.313、本塁打39、打点93と高水準の成績を残し、5年ぶりの優勝に貢献した坂本。だが、坂本は高校時代どんな選手だったのだろうか。今回は金沢 成奉監督にお話を伺った。

1年冬、「辞めたい」と言った坂本に金澤監督がかけた言葉とフォロー

 金沢監督に入学したときの坂本の印象について振り返っていただいたところ、すぐプロ入りができる選手だと感じたという。

「坂本は、入学したときからプロに行くだろうと確信した逸材です。高卒プロでいけるか、大学経由になるかはその時はまだ分かりませんでしたが、何が良かったかといえば、線は細かったですけど、180センチ以上の上背があって体格に恵まれていたこと。そして打撃ではバットコントロールが巧みですし、身のこなしの良さ、動作の柔らかさ、守備もハンドリングの良さやスローイングの良さに目を見張るものがありました。プロ入りした選手の中でも技術力の高さは素晴らしく、ヒットの延長でホームランにできる選手でした」

 入学時から光る才能を持っていた坂本だったが、喜怒哀楽が激しい一面があったという。

「気分屋なところがありましたらから、乗せたら乗っていきますし、うまくいかないとふてくされることはありましたよ。勝負に対して厳しい一面を見せる男でしたし、良い意味でも悪い意味でも我の強さを持った選手でしたね。
我の強さ。それはプロに行くような選手の場合は必要なことだと思います。坂本はそういう我の強さが今の活躍につながっているところもあるでしょう。ただ高校の場合だとそれが仇になることもある。まだ不安定なところを持った選手だったと思います」

 そんな坂本だが、一度野球部を辞めそうになったことがあるという。それは1年生の年末のオフのこと。

「正月明けのことです。坂本が野球部をやめたいと言ってきたんです。年末の練習が終わって部員を帰省させていたのですが、地元の友達と遊んで、一気に気持ちが緩んだのでしょうね。坂本が『辞めたい』と言ってきたとき、私は『辞めろ!』といって突き放したんです。でも私は辞めさせるつもりは全くなかったので、すぐに坂本の父親に電話して、『本人にはああ言いましたけど、あいつは野球しかない男です。私は辞めさせるつもりはないので。帰ってきたら本人としっかりと話し合ってください』と伝えました。そうすると1週間して、坂本は戻ってきた。そこからですね、坂本が変わってきたのは」

 この出来事をきっかけに練習に対する取り組みが変わってきた坂本。当時コーチとして指導し現在は八戸学院光星で指揮を執る仲井 宗基監督も、「坂本は能力の高さだけではなく、勝利に対する執念が非常に強い選手でした」と振り返るように、金沢監督が話していた「我の強さ」が良い面として出てきたのである。

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最終更新:9/21(土) 21:50
高校野球ドットコム

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