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【巨人】原監督、5年ぶりVに泣いた「年を取ると涙腺が」…鬼が変身、褒めて褒めて若手伸ばし

9/22(日) 6:06配信

スポーツ報知

◆DeNA2―3巨人=延長10回=(21日・横浜)

 原監督が泣いた。巨人が覇権を奪還した。マジック2で迎えた2位DeNAとの直接対決。9回2死の土壇場で小林が同点打。延長10回に増田大が殊勲の勝ち越し打を放ち、5年ぶり46度目(1リーグ時代の9度含む)の優勝を決めた。10月9日開幕のクライマックスシリーズ(CS)最終ステージ(東京ドーム)から、12年以来の日本一に向かって再び走り出す。

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 こらえ切れなかった。優勝が決まった瞬間、原は人目もはばからず号泣した。頬を伝う熱い滴を拭おうともせず、コーチ陣と抱擁を交わす。マウンドに足を進め、歓喜の輪の中心に立つ。現役時代の背番号と同じ、8度、宙を舞った。選手たちの熱く、力強い手が背中を押してくれた。至福の時間だった。「非常に新鮮ですね。年を取るとちょっと涙腺が緩くなるかもしれませんね。レフトスタンド! ファンの皆様ありがとうございます」。横浜の夜空に向け、勝利の凱歌をあげた。

 18年の仲秋の候、ふと携帯電話が鳴った。山口オーナーからだった。3年間の「休息」は終わるんだな、と悟った。その間は野球のみならず、他のスポーツや文化などに触れ、見聞を広げた。17年のある時、メジャーリーグを観戦。「超攻撃的2番」の着想を得た。「その打順が主流になってきていた。確かにそうだなって。いい打者が早めに回って来ることは、チームにも有利に働くなと」。温め続けたプランを、今季の肝に据えた。

 みたび戦場に戻るに際し、原は“変身”を決めた。気持ちは新米監督として臨む第3次政権。旧知の人はそれを丸くなった、と見たがそれも狙い通りだ。第1次、第2次では鬼とも形容されるほど選手には厳しく接し、メディアを通じての叱咤(しった)も少なくなかった。「前はやっぱり自分を作り上げなきゃいけなかった。年を重ねた今、やはり一番の武器は褒めることではないか、と。今回に関してはそこは利用しようと思った」。親子ほど年の離れた選手が大半。還暦を迎えた今、目線を落とし、グラウンドでも笑顔で対話を重視。経験や実績は振りかざすのではなく、相手に受け止め方を委ねたが、褒められた若い選手が踊らないはずもない。「伸び伸び、ハツラツを方針に掲げたわけだから、やっぱり私自身がそうさせる環境を作らないとダメ」。ベンチでは喜怒哀楽を前面に出し、丸がアーチをかければ「マルポーズ」で出迎える。自ら先頭に立ってムードを作り出し、チームは快進撃を続けた。

 だが、順風は突如、逆風に変わる。球宴後にまさかの大失速。8月6日。中日に敗れ、今季ワーストの6連敗。7月16日に最大10・5もあった2位とのゲーム差は、ついに0・5まで迫られた。「ここがターニングポイントだと思った」。その夜。宿舎に戻った原はスマートフォンを手に取り、坂本勇にラインを送った。「打開策を教えてくれ!」。そんなこと、選手に言うのは、初めてだった。当然、原の頭には1つの案があったが、あえてそんなメッセージを送ったのは、チームの意思を完全に統一させるためだった。主将の答えもまた、原の考えと一致していた。決まった。阿部にラインを送った。「慎之助、お前の力が必要になりました。明日は5番・一塁でスタメンでいきます」。7日の中日戦(ナゴヤD)。1か月ぶりに先発オーダーに名を連ねた背番号10は4号2ランを放つ活躍で、連敗を止める原動力となった。体調を考慮しつつ、可能な限り阿部をスタメン起用した7日以降の8月成績は15勝6敗1分け。結果を残し、チームを浮上させた男に「見事だった。慎之助の力がこのチームには必要だと思った」と最敬礼した。

 原の今季は「勝つことの次」に黄金期の礎を作るというテーマもあった。その中心となるべき男は、岡本と見ていた。今春キャンプの2月10日。紅白戦でサンマリンのバックスクリーンへ“今季1号”を突き刺した。翌日の朝食会場。背番号25の驚弾をネット裏から捉えた写真が1面を飾った本紙を手につぶやいた。「俺はこの足ができなかったんだよな。どうしても足の裏が見えちゃうんだよ」。しっかりと地面を捉えたままの右足をうらやんだほど。この4番と1年戦おうと決心した。

 その岡本の調子が開幕から低空飛行が続いたことには、頭を悩ませた。「俺がビッグベイビーなんて言って、守り過ぎちゃったかな」。7月には4日連続でベンチ裏のケージにこもって、捕手のマスクをかぶせながら内角を攻め、理想的なスイングの軌道を徹底指導するなど、対個人としては最も時間を割いた。

 それでも頑健な肉体と一、三塁に左翼も守れる万能性で、常に戦場に立ち続けた岡本には敬服の念も抱く。「繕いであろうが何であろうが、相手チームと互角以上に戦うんだというその中で、彼が常に存在してくれることは非常に大きかった」。叱咤(しった)の意味で8試合、4番から外したが、代わりに座ったのは過去に4番を経験している坂本勇、阿部のみ。岡本に次ぐ第90代4番を作るつもりは最初から毛頭なかった。このチームの4番は、例え外れていた試合であっても岡本だった。

 まだ、このチームの夢には続きがある。この日も土壇場の9回に小林が同点打、延長10回に増田大が優勝決定打と、スローガンの「和と動」を体現する全員野球でセ界の頂点にたった。

 「一つになる、ということは今までにない素晴らしいチーム。大きな目標を持っている。その気持ちを変わらずに、達成したい」

 昨年10月の第3次政権初練習。「最初に目指す港はセントラルリーグ制覇。のちに大きな港に向かう」と出航した辰徳丸。まずは無事、最初の港に停泊した。次はCS突破、そして日本一。その前に少しだけ、5年ぶりの美酒に酔おう。(西村 茂展)=敬称略=

最終更新:9/22(日) 7:45
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