ここから本文です

定年後「立派な職歴」通用せず セカンドライフ模索するシニアたち

9/22(日) 9:49配信

福井新聞ONLINE

 「4月から参与になってほしい」―。今年の正月明け、会社の常務執行役員だった誠さん(仮名、64)=福井県福井市=は社長に言われた。

 組織には若い人たちの発想が必要だと思っていたから、心の準備はできていた。「ただ実際に言われると、実務から離れる寂しさがあった」

 その頃、妻に誘われ、英ロックバンド「クイーン」の軌跡を描いた映画「ボヘミアン・ラプソディ」を見た。好きな音楽に全エネルギーをつぎ込む生き方と、その音楽に元気をもらった。ファンでもないのに、サントラ盤などのCDとDVDを計6枚買った。

 会社では総務人事畑を歩み、OBや取引先の通夜葬儀には何度も参列した。元役員なのに、退任後だからか弔問客が少なく、寂しく感じる葬式もあった。たくさんの人生が垣間見える職場だった。

  ■  ■  ■

 20年ほど前、社内の「山歩きの会」に入り、月1~2回、日帰り登山した。頂上では手料理が振る舞われ、宴会のようだった。メンバーは退職してもOBとして参加した。「碁を打っているとか、地域のことで忙しいとか、先輩たちは会社を辞めてもポジティブに生きていた。会社の役職とは無関係だった」

 第二の人生を考え始めていた7年前、定年退職したばかりの三つ上の兄にがんが見つかり、闘病生活の末に亡くなった。「平均寿命はみんなに約束されているわけじゃない。やりたいことは今、やらないと」と強く思った。

 兄の病気が発覚した年に、庭にピザ窯を作った。気軽に寄ってほしいとの思いからで実際、山や職場の仲間が来てくれた。4年前には妻と折半した退職金をつぎ込み、窯の横に平屋の小屋を建てた。

 庭にはイチジクやユズなどの果樹が植えられ、ジャムにして知人にお裾分けすることもある。「時間をかけて庭木を世話し、果樹をもう少し増やしていきたい」。誠さんが描くセカンドライフだ。

  ■  ■  ■

 福井市の淳さん(仮名、60代)は定年を迎えたが、会社の再雇用は断った。約40年のサラリーマン生活は多忙で、退職して1年間は読書などにふけった。2年目から足しげくハローワークに通った。

 会社では部長にまでなった。再就職を目指し、職歴をきっちりと記した履歴書を10社以上に送ったが、ほとんどが送り返された。面接にこぎ着けたのは2社だけだ。

 ある面接官は「立派な職歴ですね」と言った。嫌な言い方だった。案の定不採用―。「真面目にやってきて、こんな目に遭うのか。社会から『お引き取りください』と言われているようだった」。詳しい職歴は書かなくなった。

 縁あって、現在は子どもたちに野球を教えている。試合後、勝利に沸く観客席をグラウンドから眺める喜びは味わったことのないものだった。ただ、指導者の契約は1年単位。収入も少ない。「指導者をしながら仕事ができれば」と思うがうまくいかない。

 国は「1億総活躍社会」を掲げ、シニア世代の社会参加を声高に叫ぶ。会社員時代にはなかった経験ができつつも、なかなか再就職が決まらない淳さん。「元気だし枯れる年でもないんだけど…。俺って勝ち組なのか負け組なのか、どっちなのかねえ」。一億総活躍という言葉がむなしく聞こえる。

福井新聞社

最終更新:9/22(日) 11:18
福井新聞ONLINE

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事