ここから本文です

世界初の専門店! 職人の探求によって生まれた「クラフトコーラ」って何だ?

9/22(日) 11:05配信

食べログマガジン

もし単なる興味だけなら、レシピを見つけても作るまでには至らなかったと思います。それまでずっと抱いていたコーラの不思議な魅力と生まれた疑問があったからこそ、自分で作るという高いハードルを越える気持ちになったんです。

――その時はまだ販売するつもりではなかったんですね。

小林:会社員として働いていましたし、当時は個人的にいろいろ試していただけでした。でもその試行錯誤がおもしろかったんですよね。

――最初からレシピ通りに作って、うまくできたのでしょうか?

小林:レシピと言っても、原材料しか書いてないんです。具体的な工程はわからなかったので、まずは原材料を揃えて手探りで作り始めました。一応 “コーラ風味”のものにはなるんですよ。とはいえ、市販のコーラとはかけ離れた代物です。

でもそこが職人だった祖父の血を引いているからなのか、探求心から “自家製コーラ”の域を脱して、もっとおいしい“クラフトコーラ”の域にまで達したいと本気で思ったんです。それが、今に至るクラフツマンシップが芽生えた瞬間だったかもしれません。

――今お話にあったように、クラフトコーラを作るにあたって、職人だったおじいさまの影響があったそうですね。

小林:実はこの工房は、僕の祖父であり和漢方職人だった伊藤良太郎が昭和29年に開業した漢方工房「伊良葯工(いよしやっこう)」があった場所です。実家がすぐ隣にあったので、子供の頃はよくここで遊んでいました。漢方の素材を刻んだり蒸したりと祖父の作業を手伝うことは、ある意味自分の生活の一部でもあったんです。

ただ小学校も高学年ぐらいになると、この場所から離れてしまうように。子供時代のかっこよさって、スポーツだったりバンド活動だったりしますよね。正直意識的に避けてしまったという部分もありました。

――でも結果的に最終的な伊良コーラの完成には、そのおじいさまの技術が大きなヒントになったとか。

小林:約2年にわたり、素材やその配合、作り方など様々なことを試しながらコーラ作りを続けていたんですが、どうしても“自家製”コーラの域を脱しなかったんです。そんな時に祖父が亡くなり遺品整理をしている中で、祖父がやっていた生薬への火の入れ方などを家族や親せきに聞く機会があったんですね。そこで、祖父の考えややり方を、自分のコーラ作りに活かしてみたんです。

2/4ページ

最終更新:9/22(日) 11:05
食べログマガジン

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事