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「あの電話」から始まった上昇ロード 巨人の救世主・増田 大輝に思うこと

9/22(日) 7:45配信

高校野球ドットコム

 2007年2月に首都圏から居を四国地区に移し13年目。「さすらいの四国探題」の異名を背に四国球界でのホットな話題や、文化的お話、さらに風光明媚な写真なども交え、四国の「今」をお伝えしている寺下友徳氏のコラム「四国発」。しばらくお休みを頂いておりましたが、また今回から再開いたします。

 第55回は特別編。9月21日・横浜DeNAベイスターズとの直接対決を3対2で制し、5年ぶり37回目のリーグ優勝を成し遂げた読売ジャイアンツの優勝スコアを叩き出した「救世主」増田 大輝内野手(小松島高・徳島インディゴソックス出身)について本邦初公開の秘話を記します。

「あの電話」から始まった増田 大輝の上昇ロード

 あれは6年前、2013年のちょうどこの時期だったと思います。私の携帯電話に突然、普段かかってこない電話番号から電話がかかってきました。
 電話の主は当時、徳島インディゴソックスの代表を務めていた坂口 裕昭氏(現:四国アイランドリーグplus理事長)。第一声はこうでした。「寺下さん、増田 大輝って知っています?」

 知らないはずはありません。小松島時代は身体能力抜群の遊撃手。最終学年は主将とリリーバー、そして最後の夏はエースとして大車輪の活躍をした男。2年時の徳島大会決勝戦では鳴門の執念に、最後は準決勝で徳島商の前に屈しましたが、常に強気の中にも優しさを兼ね備えるナイスガイでした。

 しかし、なんで増田のことを突然?確か彼は近畿大に進学したはず。「いや、実は彼は近大を辞めていて、ウチに入りたいという話があるんです」そう、要は「大工の棟梁から増田の紹介があって、最初に寺下さんに聞いてみようと思った」身分照会だったのです。

 ということで私は先に書いたことをそのまま述べ、そして当然知っている四国アイランドリーグplusの簡単ではない環境も掛け合わせながら最後にこう言いました。
 「やれると思います」

 2年後の2015年ドラフト会議、増田 大輝は読売ジャイアンツから育成1位指名を受け、徳島インディゴソックスを巣立っていったのです。

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最終更新:9/22(日) 22:27
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