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福島から宮城まで繋がった「ツール・ド・東北」 南相馬発視察ライド100kmを走ったそれぞれの想い

9/23(月) 6:00配信

Cyclist

 大会史上最多の約4000人が参加して盛り上がったロングライドイベント「ツール・ド・東北 2019」。本イベント前日の9月14日、福島県南相馬市発視察ライドが行われ、同イベント広報大使の道端カレンさん、お笑いタレントのトータルテンボスさんら合計9人が仙台市までの100kmを走った。東日本大震災の復興支援を目的に行われてきた同イベントの今後の拡大を見据え、福島県から宮城県にかけての太平洋沿岸の走行状況を確認。Cyclist編集部も同行しながら、これまで情報の少なかった南相馬市から仙台市にかけての復興状況とサイクリング環境を確認した。

来年以降のコース拡大を視野

 今年は約4000人のサイクリストが全国から集まったロングライドイベント「ツール・ド・東北」。当初から震災の被害のあった地域全域での開催目標としており、現在は宮城県石巻市周辺で開催されているが、来年以降の岩手、福島両県へのコース拡大を目指し、今年は福島県の「南相馬市発視察ライド」が行われることになった。
 コースは南相馬市を出発し、相馬市の松川浦大橋を渡り、太平洋を右に見ながら北上し、宮城県山元町、亘理町を経て、名取市閖上から仙台市に入る合計約100kmで、これまで走行ルートに入っていなかった宮城県南部の「亘理町発視察ライド」も同時に実施された。

 参加者は「ツール・ド・東北フレンズ」(以下フレンズ)ほか総勢9人だ。フレンズは、広報大使の道端カレンさん、トータルテンボスの大村朋宏さん、藤田憲右さん、大会オフィシャルアンバサダーとして、スマートコーチング代表の安藤隼人さん、2004年アテネ五輪代表で現在は自転車の楽しみ方を伝える田代恭崇さん、宮澤崇史さんら6人。さらにパラサイクリング選手の石井雅史さん、ツール・ド・東北発起人でもある元ヤフー会長で、東京都副知事に就任した宮坂学さん、東日本大震災復興支援財団理事でソフトバンクCSR統括部長の池田昌人さんも加わった。トータルテンボスは宮城で震災以前から13年間レギュラーのラジオ番組を持っており、震災後は沿岸部で炊き出しにも参加するなど、現地の状況を以前から知り、伝えてきた実績を持つ。

 涼しい秋風が心地よい9月14日朝8時、スタートの道の駅南相馬に着くと、同市の門馬和夫市長から次のようにあいさつがあった。

南相馬市・門馬和夫市長

 東日本大震災によって南相馬市では636人が亡くなってしまいました。そしてその後も500人を超える方が災害関連死で亡くなっており、今もまだ増え続けています。今日走っていただくコースは右も左も全部田んぼで、津波の被害を受けましたが、震災から8年6か月経ち、現在では市内の約50%以上が再開しています。そしてその途中には、太陽光の発電施設や、風力発電の風車が並んでいます。来年は常磐自動車道から今日皆さんが走っていただく道路までサイクリングロードが開通しますので是非、そちらも走りに来て欲しい思います。

再生可能エネルギーに注力
 午前8時に快晴の秋空のもと、一行はスタートを切り、北へ向かった。風は一日中南南東の風の予報、つまり追い風だ。

 今回のルート作成を担ったアテネ五輪代表選手の経歴を持つ田代さんは「このままの風だと気持ちよく走れますね」と笑顔で進んだ。このイベントが「ツール・ド・とうほく」という名前でレースとして開催されていた時代、2000年大会の総合王者にも輝き、誰よりも東北の道を知る一人だ。田代さんを先頭に走る一行は、収穫期を迎えた稲穂の間の国道を北へ進んだ。その間には耕作地から再生可能エネルギーとして、ソーラー発電や風力発電に力を入れている地域を通過した。

熊本の支援で再建された山田神社
 13kmほど走ると最初の目的地「山田神社」に到着した。周辺は相馬市と南相馬市にまたがる八沢浦干拓地で周辺の港集落の40戸は震災の津波で全て流され、46人が亡くなったという。宮司の森幸彦さんの知り合いの熊本在住の宮司や熊本県民の支援もあり、高台に新社殿や鳥居が新築されたという。一行は神社から津波の被害を受けた干拓地を見下ろしながら、森さんから現状を聞いた。これまでのツール・ド・東北でも宮城の語り部の皆さんから話をうかがってきたが、今回は福島が抱える問題を一同考えさせられることになった。

山田神社宮司・森幸彦さん

 この辺りは昨年から米作が復活しましたが、まだ(原発事故の影響で)風評被害もあり(人間の食用に)買っていただけないので、動物の飼料用に取引されています。また津波により塩分を含んだ土と放射能の影響があった土を、違う土と入れ替える作業を続けてきましたが、結局は汚染土をどこに持って行けばよいかはまだ解決していません。

序盤は心地よいアップダウン
 福島県の太平洋沿岸北部の走行環境は極上だった。緩やかなアップダウンが続きながらも信号が少なく、舗装もきれいなため、とても走りやすい。今回の企画のためにロードバイクに乗り始めたトータルテンボスの2人は当初、それぞれ1人ずつが休憩所ごとに交代し、2人合計で100km走る予定だったが、追い風もあり「滑るように走るロードバイクって気持ち良いですね」(大村さん)とすっかりサイクリングにハマった様子。「こんな気持ち良い道なら1人でも完走できます」(藤田さん)と、最初の休憩地点からゴールまで2人一緒に完走を目指すことを決めた。

 スタートから約22km地点の「絆カフェいそべ」で最初の休憩を取った。オーナーの菅野一徳さんは震災後、働いていた福岡からUターンし電気設備会社を経営し一帯のソーラー発電にも尽力。「ただの集会所を作っても寂しいので、コーヒーを飲みながら人が集まって楽しく話せる場所を作りたかった。地元開催の自転車イベントのエイドにも使ってもらったので、全国からサイクリストが集まる場所になって欲しいですね」と話した。

 アップダウン区間が終わり、いよいよ海が近づいてきた。国道74号を右折すると右に防潮堤、左に松川浦を見ながら5kmほど直線が続いた。トータルテンボスの大村さんは「追い風の中でロードバイクを漕ぐと、滑るように進みますね。雲に乗って進んでいるようです」と感動。一行9人は一列で追い風に押されながら、2017年に再建された相馬市の復興のシンボル「松川浦大橋」を渡った。

 相馬市海沿いの水産業、工業地帯は舗装されて間もない片側3車線の舗装路でとても走りやすかったが、そこから地蔵川を渡ると景色は一変。国道38号(相馬亘理線)は片側通行で信号が青になるのを待った。左側はかさ上げ工事、右側の砂浜も入れないような状態で、復興が始まったばかりの印象だった。さらに1kmほど走ると再び景色は欧米の郊外のような雰囲気になった。

 釣師地区と呼ばれる地域は再開発の真っ最中で、舗装されたばかりのアスファルトや日本でも珍しいラウンドアバウトを通過。公園の遊具で遊ぶ親子連れもいて、少しずつ活気が戻っている様子に少し安堵したが、震災直後のような風景と、未来の都市のような風景が連続して出現したので、自分がいつの時代を走っているのか、分からなくなるような不思議な感覚だった。復興はまだまだ進んでいないのが現実だと感じた。

震災遺構「山元町立旧中浜小」を訪問
 約40km走っていよいよ福島県から宮城県山元町に入り、町立旧中浜小跡地に到着した。

 ここは震災時に津波が2階まで襲ったが、90人の生徒が屋上の屋根裏部分に避難し、全員が助かった。震災前直前の地震で避難した時に当時の校長先生が「避難場所に行くには時間がかかるので危ない」ということで校舎に避難する選択。実際は津波の第3波と第4波がぶつかりあって波が低くなったおかげで、屋根裏まで津波が来なかったという。交通事故や自転車に関するケガからサイクリストを守る活動をしている安藤隼人さんは、その話を聞いて「もし津波が通常の大きさで来ていたら…と考えるとその選択が本当に正しかったのかと考えてしまいますが、本当に助かって良かったと思います」としみじみと命を守る難しさについてフレンズと語り合った。

 宮城に入ると、沿岸部は長い堤防が海沿いに設置される最中で、土日にもかかわらず大型トラックが行き来し、復興に休日などないことを実感し、作業に関わる方々には頭が下がる思いだった。そういった活動のおかげで72km地点の亘理町・鳥の海は漁業、遊漁船の港も再建され、水揚げされた海鮮を食べにくる客で賑わっていた。

 一行は宿泊・温泉施設「わたり温泉 鳥の海」でランチ休憩。名物「はらこ飯」と「アナゴ丼」に舌鼓を打った。特に鮭の身とイクラをトッピングしたはらこ飯は、この時期が旬で、トータルテンボスの藤田さんは「ここまで走って来て良かった」とあら汁とともに、時間をかけて地元グルメを堪能した。

 亘理から田んぼと集落の間を縫うように20kmほど進み、仙台空港の横を通り過ぎると最後のエイド『かわまちてらす閖上』に到着。この施設は、2019年4月にできたばかりで、名取川下流に沿って、各種飲食店が軒を連ねている。一行は「MINAMO CAFE」でアイスコーヒーとシフォンケーキを満喫。トータルテンボスの2人は気軽に一般客の記念撮影に応じたり、話しかけたりして交流。土曜日のこの日は多くの仙台市民ほか周辺からのお客さんで満員で、これまではかさ上げ工事が多かったこの地も休日を楽しむ日常が戻ってきたことをうかがい知ることができた。

 閖上を出発し、名取川沿いの歩行者自転車道を北上すると、遠くには仙台市内の高層ビルが見えてきた。「あれが仙台の中心ですよね」とトータルテンボスの2人のペダルも一段と軽やかに回った。スタート直後に比べ、ペダリングはもとより、顔つきまでサイクリストになったように見えた。東北新幹線の線路をくぐり、幹線道路から仙台市のメインストリート「東二番丁」に入るとビルの合間を走り、あっという間に中心街へ。河北新報社のゲートをくぐって一人ずつゴールし、南相馬市からの100kmを走り切った。

宮坂学さん「福島から繋がった」
 2013年に「ツール・ド・東北」を初開催し、福島、岩手、宮城の3県での開催を目指して来た元ヤフー会長の宮坂さんは「やっと福島から繋がりましたね。これまでプライベートで、福島から岩手まで走って来ました。今後は岩手や福島から同時にスタートして石巻にゴールする日程で開催したり、意識的に拡大開催していってもらえたらいいですね」と新しい世代に期待した。

 ロングライド初挑戦だったトータルテンボスの藤田さんは「最高の疲れと充実感を味わえました。時期も天気も良かったです。程よい脱力感が、自転車で100km走ったことを実感しますね。次回は最初から100kmを走りたいですし、大勢の人が参加する2日目の『ツール・ド・東北』を走ってみたいです。そのための準備として東京から地元の静岡県御殿場市まで2人で練習しようかと思います」と意欲的だった。
 一方で福島や宮城県南部の復興状況に関して、相方の大村さんは「ようやく復興が始まったばかりといったところも多かったですね。一部の地域は石巻の2、3年前の状況を見ているように感じました。それほど地域によって復興の進行は違うし、そもそも宮城県の南部、福島の状況についてはあまりメディアがこれまで取り上げてなかったようにも感じました」と肌で感じた。

 実際に100kmを振り返ってみると、太平洋沿岸部は福島だけでなく、宮城県に入っても一般サイクリストはほとんどいなかった。まだサイクリングしている場合でないというのも実情かもしれない。だからこそ、サイクリングして余暇を楽しむ余裕、そして走りやすいこのコースを来年度の「ツール・ド・東北」で採用し、イベント以外でも福島・宮城の現在の状況を確認して欲しいと感じた。
足達事務局長「来年のコース化を前向きに検討」

 来年度以降の福島発のルートについてツール・ド・東北事務局長の足達伊智郎さん(ヤフー)は「南相馬発のコースは海沿いを走る交通量の少ない平坦なコースが中心です。震災後にできた自然エネルギーの巨大な風車が見えたり松川浦の素晴らしい景色、宮城県南部の震災遺構である旧中浜小学校などライダーのみなさまに見ていただきたい多くのスポットがあります。来年度の一般コース化を前向きに検討したいです」と答えた。
 最後に今回の福島発のルートを走った印象を各ライダーに振り返ってもらった。ツール・ド・東北を何度も走ってきた「フレンズ」の皆さんの感想をもとに、来年福島ルートが正式に採用された場合は、是非走ることをお薦めしたい。

道端カレンさん

 7月に初優勝した「太平洋トライアスロンinいわき」で、いわき市を走ったことはありましたが、南相馬市を走るのは初めてでした。山田神社では実際に津波がどれくらいの高さと範囲で見て話を聞くことができました。福島の風評被害のお話も直接、参加者の皆さんに聞いて欲しいです。去年も仙台石巻コースで震災遺構の(仙台市)荒浜小学校を見ましたが、今回も語り部の方の貴重なお話が聞けました。普通に走るところはフラットで道も良く素直に楽しく走れました。これまでの石巻発着のコースはアップダウンがあって楽しいですが、福島発のコースはよりフラットで初心者の方にも100kmという距離に挑戦できる良いコースだと感じました。

田代恭崇さん

 私はこのコースを走るのは3回目です。被災地の情報などはみなさんより知っていたのですが、来賓の方やエイドでの語り部さんの話は初めて聞くことが多く身が引き締まる思いでした。フレンズやトータルテンボスの2人も質問したり話し込んでいる姿、ライドを楽しみながら被災地を肌で感じている姿が印象的でした。

安藤隼人さん

 南相馬視察ライドの前夜にはびっくりするほど大きなワタリガニや日本酒を楽しませていただきました。ライド中もアナゴ丼を始めとする美味しい食材、平坦基調のなかにもピリッとアップダウンのアクセントのあるコースで走りごたえも十分でした。私自身、震災直後に石巻市などへ震災支援に行っていましたが、当時のことを思い出すと、やはり放射線という目に見えないリスクへの恐怖は隠せなかったのですが、南相馬のホテルには、放射線量の情報も公開されていました。当時の様子や復興への努力を地元の方に直接聞く事で、福島の食材・文化・人への見方も変わりました。
是非来年は南相馬ライドを体験してください。

宮澤崇史さん

 南相馬発ライドは、きついアップダウンも少なく、初心者やロードバイクを始めた人、玄人でも坂道が苦手な人に最適なコースで、全てのサイクリストにとって待ちに待ったコースとも言えるでしょう。海岸線を走っていると、今まで見たこともないような、走馬灯が見えるストレートな道もあります。是非2020年のツール・ド・東北を走ってみませんか?

石井雅史さん

 今回のコースは比較的平坦なところが多く、トライシクルやハンドサイクルなどパラサイクリストでも走りやすくおススメできますね。地元の高校生が作ったお菓子や、亘理でいただいたアナゴ丼など、各地のエイドでのおもてなしも心が温まりました。復興に対する地元皆様の熱い思いが感じとれました。高低差の少ない南相馬の海街道をまたのんびりと走りたいです。

池田昌人さん(ソフトバンクCSR統括部長)

 基本ストレートな道で走りやすく、スピードが出て爽快感があった。全体的に福島は復興が遅れていることを感じました。土曜日でも復興用の車両が多く、工事も基礎工事が多く、復興の(他地方との)時差を肌で感じました。来年以降は是非コースにして、いろいろな方に福島の今を知ってもらって、相馬から仙台へ、そして仙台から石巻へ2日間で走って、復興全体を感じてもらうコースもできるといいですね。

「ツール・ド・東北」ウェブサイト
※取材費用の一部をヤフー株式会社が負担しています。

最終更新:9/24(火) 9:22
Cyclist

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