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東京とホットケーキ。今は亡き神田の名店「万惣フルーツパーラー」の味を求めて

9/23(月) 8:30配信

アーバン ライフ メトロ

厚さは1cm以上、中には5cmのものも

 日本人は、古くから「カスタマイズ能力」が高いといわれます。ポルトガルのカスティーリョをカステラに仕立て上げ、中国の中華麺をラーメンに展開させ、インドのカリーライスを日本式カレーライスに作り変えました。

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 ホットケーキも、このカスタマイズ能力の産物です。欧米でホットケーキという呼称は一般的ではなく、日本でいうホットケーキはパンケーキと呼ばれることが多いようです。

 また日本のホットケーキは生地が厚く、パンケーキは生地が薄いという差異があります。ホットケーキの厚さは少なくとも1cm以上、中には5cmのものを提供する店舗も。

 さらにホットケーキの生地には砂糖が入っておらず、パンケーキの生地には砂糖が入っています。これはまさに、欧米のパンケーキを日本風に仕立てたものだと考えられるでしょう。

 筆者は食べ物を通じて日本文化を考察する試みを、『おにぎりと日本人』(洋泉社。2017年)で行いました。日本と同じく米の文化圏にある中国でおにぎりが存在しないにもかかわらず、なぜ日本でソウルフードになったのかを考えました。

 そこでわかったのは、冷たいご飯を食すか・食さないかの違いでした。ホットケーキは明治時代以降の食べ物であるため、おにぎりとはもちろん発展過程が違います。

ホットケーキミックスのヒットで、家庭に定着

 ホットケーキの誕生については諸説あるのですが、日本の食文化史研究家・岡田哲の『コムギ粉の食文化史』(朝倉書店。1993年)によれば、

「三越百貨店が、客寄せのために店内に食堂を設けたのは明治41(1908)年のことであるが、その東京日本橋の三越が、関東大震災後に、ハットケーキという名前ではじめてメニューに入れている」

とあり、これが百貨店の大食堂でのホットケーキ登場の定説になっているようです。

 生活雑誌『暮しの手帖』を創刊した大橋鎭子『「暮らしの手帖」とわたし』(暮しの手帖社。2010)には、1937(昭和12)年頃に銀座コロンバンでホットケーキを食べたという記述もあります。

 この時期には庶民のあいだで定番になっていたようで、1950(昭和25)年には『暮らしの手帖』のグラビアページで、銀座コロンバンのレシピを使った「誰にでも必ず出来るホットケーキ」が掲載されています。戦後は1957(昭和32)年発売の森永ホットケーキミックスのヒットによって、さらに家庭に定着していくのです。

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最終更新:9/23(月) 9:58
アーバン ライフ メトロ

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