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海越えやって来た日本人祖先を尊敬 丸木舟航海に参加、倉敷出身の田中さん「3万年前の思い感じた」

9/23(月) 21:47配信

山陽新聞デジタル

 日本人の祖先がどうやって海を越えて大陸からやって来たのかを探るため、国立科学博物館(東京)チームが7月に台湾から与那国島(沖縄県)までを丸木舟で渡った実験航海「3万年の航海 徹底再現プロジェクト」。その成功に貢献した倉敷市出身のメンバーがいる。5人のこぎ手のうちの唯一の女性、アウトドアショップ店員田中道子さん(46)=北海道小清水町。約3万年前の技術や道具を想定して挑んだ200キロ以上の旅を「相当にハードで、祖先への尊敬と感謝の念が生まれた」と振り返る。

 航海がスタートしたのは日本時間の7月7日午後2時半すぎ。台湾南東部の東岸からこぎだした。田中さんは星や太陽の位置などから方角や現在地を判断してキャプテンと針路を決めるとともに、最後尾でパドルを操ってかじを取る重要な役割を担った。

 初日は順調だった。日中は後方の陸地を目印に、夜は星を頼りに交代で睡眠を取りながら舟を進めた。2日目に入ると島影が見えず、目印となる島上空に発生する雲の判別も難しい状況で針路が定まらず、疲労とともにペースダウンを余儀なくされた。

 「腕がぱんぱんに張り、こぐ気力がなくなった。祖先も本当に大変な思いをしたんだろうなと感じた」と田中さん。チームは体力回復を優先し、全員一斉に睡眠を取る決断をした。

 幸運に恵まれ、その間に舟は潮流に乗って与那国島まで一直線に近づいていた。9日の夜明け前には灯台の明かりが目に入り、正午前に到着。45時間にわたる航海を終えた。

 倉敷市茶屋町地区で生まれ育った田中さんは、川崎医療福祉大を卒業後、大阪のアウトドア用品メーカーに入社した。カヤックの担当になったのを機に水上競技に熱中、ボードに立ってパドルをこぐ大会で全国3位になるなど、パドルの扱いと水の流れをつかむ力を養った。こうした経験を積んだことで、20年来の知人という丸木舟航海のキャプテンに参加を打診された。

 幼少期から、祖父の家に近い渋川海岸(玉野市)で小舟に乗っていた。9歳の誕生日プレゼントは手こぎのボート。自然と海への親しみが育まれた。「原点は岡山。渋川の海で過ごしたから今がある」という。

 「3万年前の人は私たち以上に怖かったはず。それでも大海原に繰り出した裏には、どんな思いがあったのだろう」。実験の余韻に浸りながら「多くの感動を味わえたプロジェクトに加われて幸せでした」と笑顔を見せた。

 ◇

 「3万年の航海 徹底再現プロジェクト」 現生人類は3万8千年前ごろに大陸から日本列島に移住したと考えられている。国立科学博物館の海部陽介・人類史研究グループ長を代表とする研究チームが、想定されるルートの一つ「台湾―沖縄」間で、地図やコンパスなどを使わずに当時の道具や技術での渡航に挑戦するプロジェクト。2016~18年には草と竹で作った舟で挑んだが、間を流れる黒潮を渡りきるのに十分な速度が出ず失敗していた。7月の実験では、石おので杉を切り倒して中をくりぬいた丸木舟で挑んだ。

最終更新:9/23(月) 21:47
山陽新聞デジタル

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