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【ベストヒット23区】THE BOOM『中央線』――日本を代表するニューミュージック路線 杉並区

9/23(月) 21:30配信

アーバン ライフ メトロ

音楽界の巨星たちがかつて多く住んでいた

 前回取り上げた千代田区の日本武道館から歩いて九段下駅に向かい、東西線の中野行きに乗車。終点の中野駅で中央線に乗り換えて、向かうは高円寺、阿佐ヶ谷、荻窪、西荻窪――。

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 というわけで、今回の「ベストヒット23区」は杉並区。実は私、平成初期の20代のころに阿佐ヶ谷に住んでいたことがありまして(地名は杉並区下井草)、思い入れの深い土地でもあります。

「杉並」という何となくノーブル(気品ある)な語感、阿佐ヶ谷駅から北に美しく延びるけやき通り(中杉通り)、借りたワンルームマンションの大家さんが話すとても上品な山の手言葉などなど、元区民にとって杉並区は、とっても上品なところだった印象があります。

 今回着目するのは、その杉並区のど真ん中を東西一直線に走る中央線です。「ベストヒット杉並区」を「ベストヒット中央線」と改題して、選曲してみたいと思います。

 というのは、中央線は、1970年代の「フォーク/ロック = ニューミュージック」の歴史の中で、重要な人物やエリアがひしめく、言わば日本を代表する「ニューミュージック路線」なのです。

 まず吉田拓郎が、高円寺駅近くの秀和レジデンスというマンションに住んでいたと言われていて、アルバム『元気です。』(1972年)には『高円寺』という曲まで収録されています。

 吉田拓郎のライバルである井上陽水は当時、彼の歌詞をまとめた本『ラインダンス』(1982年)に「中野から三鷹に引っ越した」と書いているので、こちらも中央線沿線住民。中野と三鷹の間にある高円寺を飛び越えたのは、ライバル意識かもしれません。

代表格・友部正人『一本道』の後継曲は……

 井上陽水の代表曲の1つ『東へ西へ』では、「満員」「すしずめ」の「電車」が「のびる線路」を走るという表現がありますが、これなど、当時の中央線のことではないかと推測されます。

 三鷹を超えて国立まで行けば、そこはRCサクセション・忌野清志郎の聖地。彼が住んでいたという多摩蘭坂(たまらんざか)は、JR国立駅のそば。さらに八王子まで行けば、言わずと知れたユーミン(松任谷由実)の生まれ故郷。八王子の3駅手前、立川から青梅線で1駅のところにある西立川駅の発車メロディは、ユーミンの名曲『雨のステイション』(1975年)。

 と、このようにニューミュージック界の巨星たちが、何らかの形で中央線に絡んでくるのですが、1970年代「ベストヒット中央線」の代表格と言えば、友部正人『一本道』(1972年)だと断言できます。舞台は国鉄(現JR)阿佐ケ谷駅。

 歌詞の主人公の男が彼女にフラれた夕方、阿佐ケ谷の駅に立っている。「一本道」とは中央線のこと。主人公は、一本道をまっすぐ走るような中央線が空を飛んで、彼女の胸に突き刺さるさまを妄想する――。

 以上、「1970年代ニューミュージック路線」としての「ベストヒット中央線」を見ていきましたが、読者層も考え、この連載では、もう少し手前、1980~1990年代の曲中心でいきたいと思いますので、今回は、この友部正人『一本道』の後継とも言える1曲を「ベストヒット中央線」に認定します。

 その名も、THE BOOM『中央線』。

 1990年発売のアルバム『JAPANESKA』に収録され、後の1996年にシングルカットされた名曲。矢野顕子のカバーでも有名です。

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最終更新:9/24(火) 7:58
アーバン ライフ メトロ

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