ここから本文です

滝口康彦「異聞浪人記」 貫いた体制への反骨心 【あの名作その時代シリーズ】

9/24(火) 12:10配信 有料

西日本新聞

大木の陰にひっそりと生える野草。「細く頼りない存在でも、芯の通った生き方はできる」。滝口作品とも共通する真理を無言の野草が教えていた

 「あの名作その時代」は、九州を舞台とした作品、または九州人が書いた著作で、次代に残すべき100冊を選び、著者像や時代背景、今日的な意味を考えながら紹介するシリーズです。西日本新聞で「九州の100冊」(2006~08年)として連載したもので、この記事は07年7月1日付のものです。

**********

 短刀の刃を自らに向け、最期の覚悟。一気に腹に突き立てる。力を込め、横に切り裂く。見届けた介錯(かいしゃく)人の刀が一閃(いっせん)、首を切り落とす。

 切腹-。武士道を貫く自決方法として、中世から近世にかけ定着した。動機はさまざま。主君に殉ずるため、責めを一身に受けるため、捕虜の恥辱を避けるため…。それが関ケ原の戦以後、主家の廃絶が進むと、路頭に迷った浪人の間では窮迫を切り抜ける手段としても利用された。

 「切腹のためお庭を拝借したい」

 衣食に窮した浪人が、神妙な態度で大名の家に訪れる。最期ぐらいは晴れの死に場所で、と。思いとどまらせたい諸侯が金品を与え、帰らせる。体のいいゆすりだった。

 「異聞浪人記」の千々岩求女(ちぢいわもとめ)もその一人。彼には深い事情があった。最愛の妻と子が病魔に冒されていた。医者に見せるには金がいる。刀を売っても足りず、切羽詰まって井伊家の屋敷に狂言切腹を申し出た。だが、残酷な老職に謀られ、本当に切腹の場が用意された。周囲からの冷笑の目。事情を説明する事もかなわず、無念のままに命を絶った。

 求女は、物語の脇役にすぎない。しかし、滝口はこのくだり、思い入れ強くこう書き記した。

 〈人それぞれの心は、とうていはたからはうかがい知れぬものである。-奈落の底にうごめいている浪人者の悲哀は、衣食に憂いのない人々には、所詮(しょせん)わかってもらえることではなかった。血迷った求女の未練を嘲(あざけ)り笑ったその人々が、同じ立場に立たされた時、どれだけのことができるというのか-。〉 本文:2,277文字 写真:1枚

続きをお読みいただくには、記事の購入が必要です。

すでに購入済みの方はログインしてください。

  • 税込220

サービスの概要を必ずお読みいただき、同意の上ご購入ください。 購入後に記事が表示されない場合はページを再度読み込んでください。 購入した記事は購読一覧で確認できます。

西日本新聞

最終更新:9/24(火) 12:10
西日本新聞

おすすめの有料記事

もっと見る