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<パレスチナ>ガザ写真報告(1)父と弟が殺されたカナアーン少年は漁師に 写真4枚(古居みずえ)

9/25(水) 11:41配信

アジアプレス・ネットワーク

◆今月、10年ぶりに再会

パレスチナ自治区西部のガザ地区は、地中海に面し昔から漁業が盛んだったことと、海辺にはホテルが立ち並びリゾート地だったことは意外と知られていない。その海辺で一心不乱に海に網を投じ、漁をしている若者たちがいた。その一人は私が制作したドキュメンタリー映画「ぼくたちは見た -ガザ・サムニ家の子どもたち-」(2011年劇場公開)の主人公の一人、カナアーンだった。彼は当時12歳だったが、今では背丈のある立派な23歳の若者に成長していた。(古居みずえ・アジアプレス)

【関連写真を見る】古居みずえのパレスチナを見つめる眼(12枚)

2009年1月、イスラエル軍はガザ地区に地上侵攻し、パレスチナ人の家、一軒一軒をしらみつぶしに侵攻していった。カナアーンはこのときのイスラエル侵攻で、目の前で父親と弟アハマドが殺されるのを目撃した。彼自身にも、そのとき受けた銃弾の破片が今でも体内に残っている。当時、彼は一日の大半を壊された家の近くで過ごし、「お父さんに何が起きたのかを忘れたくないから」と、父親の血のついた石や薬莢を集めていた。

状況が落ち着いてから、体内の破片を取り除く手術をした。一時はリハビリを続けながら、運動ができるまで回復した。しかし後遺症が残って、長い時間働くことができず、家でブラブラしていた。このままだと家に閉じこもったままになるのかと心配だった。

2014年、イスラエルの侵攻が再びあったとき、カナアーンたちは、ガザ市内の中心に近いところまで避難した。それでも避難先の近くのモスクが攻撃され、再び、恐怖を味わった。

2018年8月に再会すると、ひ弱で暗い顔をしてカナアーンが驚いたことに漁師になっていた。海で働く彼は一回りたくましく成長していた。ほかにも兄弟や親戚らが一緒に働いていた。

カナアーンたちは船主にボートを借り、取れた魚を人数分で割るという共同作業をしていた。6マイル(11キロ)以下の近海では大きな魚は獲れず、ほとんどは小魚ばかりだ。これを人数分で割ると、一人が得られるお金はほんのわずか。全く獲れない日もあるという。

魚が獲れないばかりではない。漁には常に危険が伴う。一度荒波でボートがひっくりかえったことがあった。ネットが体に絡まれば死ぬ危険もあったという。

ここで漁をしているのは新しく始めたようなカナアーンたちだけではない。仕事が全くないために、一度は漁をやめた漁師たちが再び帰って来ているという。

イスラエルに厳しい漁業領域を儲けられたことで、沖に出られず、大きな魚を獲ることができないため、多くの漁師が仕事を離れた。しかし他に仕事は全くなく、生活のためには少ない漁獲量であってもやらないと生きていけなくなったのだ。漁師の数は現在、3000人にのぼる。

カナアーンたちの3度目の網には少し大きな魚がとれた。それでも家族の食卓には上がっても、市場に売るほどは獲れなかった。

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最終更新:10/10(木) 17:29
アジアプレス・ネットワーク

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