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最多安打タイトルから蘇る、ドラゴンズあの名打者の記録と記憶

10/7(月) 10:10配信

CBCテレビ

中日ドラゴンズ大島洋平選手が、2019年セ・リーグ最多安打のタイトルを獲得した。大島選手は毎年、首位打者と最多安打を目標としていて安打数は174本、入団10年目での嬉しいタイトル獲得となった。

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最多安打タイトルの由来は?

この「最多安打」というタイトルは、「首位打者」「本塁打王」「打点王」のように以前からあったものではない。タイトルとして表彰されることになったのは1994年から。前人未到の200安打を達成した打者、オリックス・ブルーウェーブのイチロー選手がきっかけだった。この年にイチロー選手は前人未到のシーズン200安打を超えて、210安打を記録、この功績を讃えるために「最多安打」はタイトルに加わった。

田尾安志が積み重ねた安打

大島選手は、昨2018シーズンのダヤン・ビシエド選手に続くチームとして2年連続の受賞となったが、表彰対象以前の記録を見ていると、ドラゴンズには3年連続でリーグトップの安打数を記録した打者がいた。田尾安志選手である。
1982年(昭和57年)174本、83年161本、そして84年166本とヒット数を重ねた。当時の年間試合数は現在の143より13試合も少ない130試合なので、この安打の数は素晴らしい。

スター選手・田尾の思い出

田尾選手の人気は今もドラゴンズファンの間で色あせていない。それは華やかなデビュー、愛されたキャラクター、そして衝撃的なトレードによる悲しい別れなど波乱万丈な竜での日々によるものであろう。
田尾選手は、大学時代は投手としても野手としても活躍、1975年(昭和50年)秋のドラフトでドラゴンズに1位指名されて入団した。背番号は「2」。甘いマスクに明るい笑顔、入団1年目から若々しい活躍を見せて外野レギュラーの座をつかみ、新人王にも選ばれた。「竜の顔」と言えるスター選手だった。最初に最多安打を達成した年、1982年は最終戦まで首位打者争いを繰り広げた。ライバル打者がいたチームによる最終戦での5打席連続敬遠は今も語り草だ。
しかし3年連続「最多安打」を記録した1984年の翌年1月に、西武ライオンズへ電撃トレードされる。春季キャンプ直前という時期のスター選手の放出に沢山のドラゴンズファンはショックを受け、そして涙した。
球団史を語る上で、今も欠かすことのできないスラッガーだが、今回あらためて、その打撃の素晴らしさを「最多安打」というタイトルによって辿ることができた。記録というものは、過去の名選手にも光を当てる。

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最終更新:10/7(月) 10:36
CBCテレビ

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