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氷河に落としたザック、51年後に発見 クライマー・故小林年さん愛用

10/7(月) 6:03配信

北海道新聞

ロシア・ジョージア国境のウシュバ南峰

 道内のロッククライミング界の第一人者で元南極観測隊員の小林年(すすむ)さん(故人)が1968年、現在のロシアとジョージアの国境沿いにあるウシュバ南峰(4710メートル)を登山中に崖下の氷河に落としたザックを、今夏、ロシア人登山家が氷河の上で発見した。当時、一緒に登った京極紘一さん(75)=札幌市東区=が、発見者の撮影した写真で小林さんのザックと確認。「装備は当時のまま。まるでタイムカプセル」と51年ぶりの発見に驚いている。

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氷河の上に登山道具 「秀岳荘」のタグも

 小林さんは32年に小樽市で生まれ、北大山岳部で本格的にロッククライミングを始めた。第1次南極観測隊(56~57年)にも参加。小樽市赤岩山の東大壁(ひがしおおかべ)の登攀(とうはん)に初めて成功し、今も「小林ルート」と呼ばれる。札幌市役所に勤めながら活動を続け、2006年に73歳で死去した。

 発見当時、ザックは氷河の上に出ており、トランシーバーや食料のほか、簡易テントに、小林さんの愛称「NEN」の文字と札幌の登山用品店「秀岳荘(しゅうがくそう)」のタグが残っていた。ロシア人登山家から日本山岳会にメールで照会があり、京極さんが最終的に確認した。

 ウシュバ南峰の西壁は、長さが約2千メートル続く大岩壁で、当時、旧ソ連国内で最難関とされた。日本人は未登攀だったこの壁を目指し、4人の登攀隊員のうち、北海道山岳連盟から小林さんと京極さんが参加した。

肩ひもが切れ「あー、行っちゃった」

 登山開始3日目、スタート地点から千メートルほど上がった場所で、小林さんのザックをザイルで引き上げていた際、肩ひもが切れて氷河の中へ消えた。京極さんは「小林さん自身、『あー、行っちゃった』という感じで深刻に捉えていませんでした」と記憶する。

 ザックには氷壁の登下降に必要なピッケルや登山靴に付けるアイゼンが入っていたが、登攀を続行。小林さんは卓越した技術で壁を登り切り、隊は4500メートル地点まで到達した。日本人として西壁の登攀に初成功したが、山頂へは時間切れで断念。京極さんは「股の間から真っ白な氷河が見えた。人生で一番楽しい登山」と振り返る。

父から聞かされた物語「本当だったんだ」

 ただ、アイゼンを失った小林さんは下山中に滑落。ひざを骨折し、京極さんが付き添う中、6日後に旧ソ連の救助隊に助けられた。

 少しずつ動く氷河が、半世紀かけて小林さんのザックを2600メートル地点の地表に浮かび上がらせたとみられ、回収されなかったため、冬には再び雪の下に消えてしまうという。

 小林さんの長男岳(たかし)さん(52)=札幌市中央区=は「ザックを紛失した話は子供の頃から父に聞かされてきた。あの物語は本当だったんだ」と驚く。ウシュバ南峰の山頂は日本人未登頂のまま。京極さんは「これは小林さんからのメッセージ。道内のクライマーが、ウシュバを目指す契機になれば」と期待する。(内山岳志)

北海道新聞社

最終更新:10/7(月) 17:17
北海道新聞

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