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65キロを完走、88歳の自転車レーサーがくれたもの 戦争・震災の末に……「止まってはいられない」

10/12(土) 7:00配信

withnews

山あり谷ありの65キロを自転車で駆け抜ける88歳がいる――。こんな話を聞き、自転車イベント「ツール・ド・東北」を記者(53)が一緒に走ってみました。参加者約4千人で最高齢という宮城県石巻市の伊東隆さん。戦争を経験し、震災では親しい人を失い……満州事変があった1931年生まれの伊東さんの背中を追いながら、被災地との触れ合い方を考えました。(加藤裕則)

【画像】本当に出した!40キロ、疾走する88歳が見た「変わりゆく」被災地の風景

米寿の参加者、その原動力を知りたくて

「ツール・ド・東北」は東日本大震災の復興を支援するイベントで、ヤフーと仙台市を拠点とする河北新報社が6年前から主催し、毎年秋に開かれています。

年々変わる被災地の風景を見ることができ、被災者らともふれあえるとあって参加者が絶えず、今は国内を代表する自転車イベントです。

テーマは「応援してたら、応援されてた」。今年は宮城県石巻市を主会場に全6コースが設けられました。

記者は朝日新聞石巻支局で震災報道に携わり、現在は東京で勤務しています。昨年に続き、最短のコース「女川・雄勝フォンド」(65キロ)に参加しました。

「山あいを駆け抜ける爽快感や、女川湾や雄勝湾を一望でき海の景色を満喫できる」という主催者のうたい文句通り、魅力的なコースです。しかし、リアス式海岸沿いに数十メートルのアップダウンが続いてかなり手強く、「88歳で本当に完走できるのだろうか」と心配になりました。

毎朝4時に起きて40キロ走行

スタート地点の石巻専修大(石巻市)に9月15日早朝、伊東さんがサングラスをかけて愛車のロードバイクにまたがって姿を現しました。

黄色がアクセントとなった白色ジャージとサイクリング用のパンツをはいた姿は若々しく、遠目ではとても90歳近いお年寄りとは思えません。

伊東さんはこの日、いつも通り朝4時に起き、約12キロ離れた市郊外の自宅から愛車の自転車でやってきたといいます。携帯する水筒には、麦茶を入れ、準備万端です。

伊東さんが大会に参加するのは初めてではありません。初参加の4年前には、今回参加するコース「女川・雄勝フォンド」(65キロ)を完走しました。3年前には「北上フォンド」(100キロ)も完走しています。

昨年は大会1カ月前の腰痛で出場できなかったのですが、実績は十分です。4回目となる今年は「いま一度、初心に戻りたい」と考え、最初に参加した「女川・雄勝フォンド」を選んだ、と語ってくれました。

伊東さんは満州事変のあった1931年(昭和6年)に生まれた88歳。食べ物のない時代に育ちました。それでも若いころには陸上競技や卓球で鳴らし、81歳まで石巻市のスポーツ推進委員も務めました。

身長149センチ、体重47キロ。若い頃に比べて9センチ、7キロほど小柄になったそうですが、引き締まった身体は精悍です。

2人の娘と3人の孫に恵まれ、いまは95歳の妻とふたりで暮らしています。

自転車に乗り始めたのは10年ほど前。いわゆる「ママチャリ」に1年ほど乗った後、クロスバイクを購入しました。

12年には自転車で走行中にバイクにはねられて左足を骨折しましたが、自転車なら足腰への負担が少ないと考えて翌年に再開。16年にはスピードの出るロードバイクへと乗り換えました。ブリヂストンサイクル製で約25万円したそうです。

毎朝4時に起床し、妻が起床する前の7時まで石巻市郊外を約40キロ走ることが日課です。

印象的だったのは、「昨年、運転免許証を返納しました」とさりげなく言ったこと。「車と違って眠くなることもないから」と冗談を言いますが、自動車の運転を諦めても自転車には乗り続ける、その熱意に驚かされました。数キロ先の市街地にはいつも自転車で出かけ、買い物を済ませます。

大会では、長女の牧野沙代美さん(60)がロードバイクで伴走します。伊東さんの影響で5年前から自転車を始めたそうです。

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最終更新:10/12(土) 7:00
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