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【MotoGPコラム】チャンピオンたちのセレブレーション~寸劇に見える人となり~

10/9(水) 21:00配信

motorsport.com 日本版

 MotoGP第15戦タイGPで最高峰クラス6回目、世界選手権通算8回のチャンピオンを獲得したマルク・マルケス(レプソル・ホンダ)は、ビリヤードのエイトボールになぞらえたセレブレーションパフォーマンスを行った。

【動画】MotoGP2019 第15戦タイGPハイライト

■マルケス戴冠の寸劇、実は深い?

 このパフォーマンスは、8回目の世界タイトルを8番玉になぞらえたアイディアだけでも、視覚的にすでに充分面白い。だが、ゲームとしてのエイトボールを理解したうえで今回のパフォーマンスを見直すと、そこにはひょっとしたらもう少し深い含意があったかもしれない、とも思えてくる。

 キューで白い手玉をついて、番号の付いた的玉をポケットに沈めてゆくビリヤードのゲームのうち、おそらく日本で最もポピュラーなものは、1番から15番までを順に落としてゆくローテーションや、1番から9番まで番号順に狙って9番を落とした者を勝ちとするナインボールなどだろう。

 ローテーションは、いわば一番基本的なゲームで、ナインボールは映画『ハスラー2』が公開された1980年代に日本で爆発的なブームになった。これらのゲームと比較すれば、エイトボールのルールは、少なくとも日本ではあまり有名ではないかもしれない。

 エイトボールでは、的玉を1番から7番のローボールと、9番から15番のハイボールの7個ずつ2グループに分け、ローボールを狙うプレイヤーとハイボールを狙うプレイヤーのうち、自分の番号をすべてポケットに落としたプレイヤーが、ローとハイのちょうど真ん中になる8番玉を狙う権利を得る。プレイヤーがこの8番玉を落とす際には、どのポケットへ沈めるか宣言してから狙うのが一般的なルールだ。

 今回のマルケスのエイトボールパフォーマンスは、この、「ななつのボールを落としたプレイヤーのみが8番玉をねらうことができ、しかもその8番玉を落とすポケットはコールしなければならない」というルールを踏まえているところにキモがある。

 今シーズンの推移を経て、タイトル(ななつ沈めたあとの8番玉)を狙うことのできる選手はマルケスただひとりで、しかも、王座獲得をきっちりと狙い(落とすポケットを宣言)、その場所(開催レース)へ予告どおり8番玉を沈める、という行為が、あの短いパフォーマンスのなかにすべて込められている、というわけだ。もちろん、単なる深読みのしすぎかもしれないが。

 ただ、そのパフォーマンスの際の、左手のブリッジや腕のフォーム、ストロークの様子などから判断する限りでは、おそらくマルケスはさほどビリヤードをし慣れているわけではなさそうだ。それでも手玉のセンターをついて8番玉をコーナーへ沈めているのだから、本当に器用な人なのだな、と感心する。

 2013年に史上最年少記録を更新して最高峰クラスのタイトルを獲得したときは、“Baby champ on board"(「赤ん坊が乗っています」という車の後部等でよく見るサインとの語呂合わせ)のTシャツで会場を沸かせた。2016年に通算5回目のタイトルを獲得したときは“Give me five!"(ハイタッチの合図)、というじつにしゃれた標語で祝った。

 昨年の7回目は、8bit時代のレースゲームのようなアーケード機で「レベル7」に到達する寸劇を演じ、そして今年は、8ボールをコーナーポケットへ沈めた。

 こういった、ファンを楽しませるパフォーマンスの先駆となったのは、おそらくバレンティーノ・ロッシ(ヤマハ)だろう。125cc時代から、ロッシは優勝するとウイニングランや表彰台で様々なパフォーマンスを披露してファンを虜にしたが、それらのなかには今も語り草になっている数々の「名作」もある。

■マルケス、ロッシ、ストーナー、ロレンソ……それぞれのチャンピオンセレブレーション

 これらのパフォーマンスからなんとなく覗えるのは、ロッシやマルケスには、パフォーマンスの面白いアイディアをいっしょに練ってくれる気の置けない仲間が何人も周囲にいるのだろう、ということだ。皆を楽しませる愉快なアイディアは、しゃちほこ張った会議室や真面目な討論からはけっして生まれない。むしろ、強い信頼で結ばれた仲間同士の、悪ふざけに近い冗談のようなものからひょっこりと転がり出てくるものだ。

 しかしまた一方では、そのような派手なパフォーマンスを好まないチャンピオンたちもいる。たとえば、ケーシー・ストーナーはその好例だろう。だが、そのような派手な行為をよしとしない在り方がまた、その人物のシャイで実直な性格をかえってよく際立たせもする。

 余談ついでに、チャンピオン獲得のセレブレーションとその性格、ということで思い出すのは、2012年のオーストラリアGPだ。このレースは、すでに引退を表明していたケーシー・ストーナーが圧倒的な速さで地元優勝を飾った大会で、ウイニングラップの際にゆっくりとコースを走行しながらファンの声援を一身に浴びる姿が、シンプルでじつに清々しい最高のセレブレーションでもあった。

 そしてまたこのレースは、2位に入ったホルヘ・ロレンソが最高峰クラス2回目のチャンピオンを獲得したレースでもあった。

 プレスカンファレンスルームで行っていたタイトル獲得の質疑応答終盤に、いったいどういう経緯でそういう流れになったのか今となっては思い出せないのだが、ロレンソがチームマネージャーのウィルコ・ズィーレンベルグを壇上に呼び、ふたりでクイーンの〈We Are the Champions〉を歌い出したのだ。

 チャンピオン獲得で〈We Are the Champions〉を歌うという、身も蓋もないひねりのなさもさることながら、その歌声がやや調子っぱずれであったことが、はからずもロレンソの性格をよく表すことになった。なぜか誤解されがちなところもあるが、この選手は何のてらいもないほど素直でひとに優しい性格の持ち主だ。ただ、それが向こう気の強さと同一平面に同居しているため、複雑な見え方をすることがあるのかもしれない。

 そんなふうにあらためていろいろと振り返ってみると、セレブレーションやウィニングパフォーマンスからも、ライダーのいろんな性格が浮き彫りになってくるものだ。

西村章

最終更新:10/9(水) 21:00
motorsport.com 日本版

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