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「山河の賦」劉寒吉 小倉を愛した「同志」の歴史 【あの名作その時代シリーズ】

10/10(木) 18:00配信 有料

西日本新聞

徳川幕府の譜代大名として、孤立してもなお戦い続けた小笠原藩。1866年8月1日、小倉城を自焼し、辺りは炎に包まれた=北九州市小倉北区城内

 「あの名作その時代」は、九州を舞台とした作品、または九州人が書いた著作で、次代に残すべき100冊を選び、著者像や時代背景、今日的な意味を考えながら紹介するシリーズです。西日本新聞で「九州の100冊」(2006~08年)として連載したもので、この記事は07年8月26日付のものです。

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 揺れた。民意が、地を鳴らした。二〇〇七年七月の参院選で、「長州八人目の宰相」、安倍晋三首相率いる自民党が歴史的大敗を喫し、第一党の座から初めて転落した。

 討幕運動の花形、長州。政治を動かしてきた自負。歴史は常に、勝者によって刻まれてきた。強き者こそが、世をつくりあげる、と。だが、明治維新から約百四十年後、「勝ち組」は、壁に突き当たった。

 「山河の賦」。小倉で生涯暮らした劉寒吉が、初の長編時代小説の題材に選んだのは、郷土の「負け組」である。舞台は、一八六六年の第二次長州征討。尊王攘夷(じょうい)を掲げて討幕を狙う長州藩と、徳川幕府の譜代大名として九州軍の最前線で戦った小倉藩。物語は、実在の小倉藩家老で戦を率いた島村志津摩を主人公にすえている。

 作品は一九四一年五-九月、福岡日日新聞(西日本新聞の前身)の夕刊に百三回連載された。文芸誌「九州文学」同人を対象にした第三回九州文学賞を受賞。四二年出版の単行本に、作家火野葦平が言葉を寄せている。

 〈歴史がつねに担って来た運命全体を暗示し、文学としての象徴にまで到達している〉 本文:2,799文字 写真:1枚

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西日本新聞

最終更新:10/10(木) 18:00
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