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南佳孝、69歳でブルーハーツをカバー&初の冠フェス開催「まだまだロックだぜ」

10/10(木) 12:00配信

オリコン

  “シティ・ポップ”の源流と言われ、ブームのなかでその評価を高めているのが、南佳孝のデビュー作『摩天楼のヒロイン』。今聴いてもスタイリッシュでおしゃれな楽曲が、なぜフォークソング全盛の時代に生まれたのか。また今、ブームが再燃していることについてどう思っているのか。10月30日にリリースするカバーアルバムでTHE BLUE HEARTSをカバー、12月には初の冠フェスを敢行するなど、69歳にして今も精力的に音楽活動を展開する南に、話を聞いた。

【写真】昨年リリースのアルバム『Dear My Generation』ジャケット

◆松本隆と出会い、「都会なにおいがする洗練されたものをやろう」という話に

 南佳孝がデビュー作『摩天楼のヒロイン』をリリースしたのは、1973年9月。その少し前、南は同作のプロデュースを手掛けることになる松本隆と出会った。
「デモテープ作ろうって新宿の御苑スタジオに入っていたら、仲間がどこで出会ったのか松本隆を連れてきたの。ちょうど『はっぴいえんど』が解散するタイミングで、細野(晴臣)さんたちはキャラメルママへ、松本は誰かのプロデュースか、作詞家になろうかってときだった。ある時、松本が『遊びに来いよ』と言って家でいろいろ話していて。そのなかで出てきたのが『今、流行っている音楽と全然違うこと、真逆なことをやろう』ということだったんです」

 当時の音楽シーンは、フォークソングが全盛期を迎えており、ヒットランキングはフォークソング、演歌、アイドルソングが人気を分け合っている状態。2人はそれらとは異なる音楽を生み出したいと考えていた。
「フォークソングや演歌とは違う、もっとモダンで自分たちの気持ちにピッタリなものを作ろう、と。歌詞も甘くて、もっと物語性があって。映画音楽のような、ストリングスが入ってきて、都会なにおいがするソフィスケート(垢抜けた/洗練)されたものをやろうって。結果的に今、それが“シティ・ポップ”って呼ばれているけど、単純に僕らがやりたかったのは、『いいもの、面白いもの、洗練された今までにないものを作りたい』ということだけ。
 俺もジャズやってたから、そういうの書くよって2週間で書きました。松本も、『はっぴいえんど』では歌えない、溜まっていた歌詞があったらしくて。『こんなんどう?』って実験的やっていたら、すぐできたもんね。僕のデビューアルバムはあるけど、これは共作だと思っています。ひとつの映画作るみたいに、監督が松本隆で、僕が主演して、脚本などをやったのが(編曲の)矢野(誠)さんだと思っているので」

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最終更新:10/13(日) 5:25
オリコン

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