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【門間前日銀理事の経済診断】 退任するドラギECB総裁、遺言は「金融緩和策の限界」

10/10(木) 12:24配信

ニュースソクラ

ドイツの財政刺激策を呼び込めるか

 欧州中央銀行(ECB)のドラギ総裁は、この10月末に8年の任期を終える。ドラギ総裁は、8年前の就任当初から、欧州債務危機に迅速に立ち向かった。「ユーロを守るためなら何でも(whatever it takes)する」と決然と述べた2012年7月の講演は、今後も長く語り草になるだろう。

 この講演を一つのきっかけとして、世界経済を覆っていた欧州危機の暗い雲が、嘘のように晴れ上がっていく。グローバル金融市場にはリスクテイクの動きが戻り、リーマンショック以来日本を苦しめてきた円高も反転する。その流れが定着するタイミングで打ち出されたアベノミクスは、初期の成功が約束されていたも同然であり、ドラギ総裁がアベノミクスの陰の功労者であったとさえ言える。

 その後もドラギ総裁は、ユーロ圏経済をデフレのリスクから救うべく、少なからぬ批判にも立ち向かいながら、マイナス金利政策や資産買い入れプログラムなどを進めた。いつしかドラギ総裁は、ファーストネームをもじって「スーパーマリオ」と呼ばれ、その言動は「ドラギマジック」と言われるようになった。

 そして、ドラギ総裁のおそらく最後の大仕事となったのが、9月12日の包括的な緩和パッケージであった。マイナス金利の深掘りのほか、資産買い入れの再開も決定した。後者については、技術的な困難も増す中で、それが必要な経済情勢ではないとする反対意見も多かった。それでもドラギ総裁は、「できることは何でもやる」という姿勢を最後まで貫いた。

 そこまでドラギ総裁を突き動かした背景には、物価が一向に目標に近づかない懸念がもちろんあっただろう。ユーロ圏の基調的なインフレ率は、2013年ごろから1%前後でほとんど動いていない。2017年のように景気が想定を大きく上振れる局面でも、2018年のように賃金が明確に上昇し始めても、物価だけは目標の「2%近く」に全く近づかなかった。

 ここで景気が悪化すれば、物価目標の実現はますます難しくなる。低インフレが常態化する「日本化」を、ドラギ総裁は是が非でも回避したかったのだと考えられる。

 ただし、今回の緩和パッケージでも物価目標は達成できないだろう。これは日本も同じだが、ユーロ圏においても、そもそも物価がなぜ上昇しないのか正確にはわかっていないのである。確かに今の標準的な理論に基づけば、物価が上昇しないのは金融緩和が足りないからという結論に必ずなるが、その理論自体が正しいとは思えない。

 ドラギ総裁も、内心そう感じているのではないだろうか。何せ「マジック」を8年打ち続けても物価目標に関しては結果が出ないのである。しかし、それでも最後までできることをすべてやってみせたのは、ドラギ総裁のもう一つの思いがあったからであろう。それは財政政策である。

 今回の金融緩和後の記者会見でドラギ総裁は、今後は財政政策が主役になるべきだ、という主にドイツに向けた主張を、従来よりもトーンを一段上げて訴えた。

 財政余力のある国がそれを積極的に活用すれば、金融緩和の効果は早く出るし、皆が心配している副作用も避けられる、という趣旨の発言をドラギ総裁は繰り返し行った。中央銀行総裁としての立場を踏まえた注意深い言い回しではあったが、これがドラギ総裁の金融緩和に関する「限界宣言」であったことは明らかだ。

 ドラギ総裁が財政政策への訴えかけを強めるに当たっては、機が熟したという読みもあっただろう。実際、欧州ではすでに、硬直的過ぎるとの指摘もある現在の財政ルールを見直す議論が始まっている。ただ、この議論は一筋縄ではいかない。

 最大の障害は、財政刺激の余地が最も大きいドイツが、均衡財政主義の伝統を重視していることである。南欧諸国が放漫財政に陥れば、ドイツが最終的にツケを払わされるという警戒心は解けていない。ドイツの考えでは、そもそも金融政策の限界を補うべき政策は構造改革であり、いきなり財政政策という話にはならない。構造改革をこれまで怠ってきた南欧諸国が、隙あらば安易な予算を組もうとする姿勢を、ドイツは常に苦々しく感じている。

 南欧諸国の側からすれば、輸出競争力にもともと大きな差がある中で、構造改革ばかり厳しく求められることへの反発は強い。輸出産業に強みを持つドイツが単一通貨「ユーロ」の恩恵を独り占めし、多額の経常収支黒字を続けていることへのいら立ちもある。

 各国で自国中心主義やポピュリズムが台頭し、統合のモメンタムに綻びが生じている中で、財政運営を巡る議論はパンドラの箱さながらに、欧州が抱える様々な矛盾を引きずり出す。しかし、景気後退には金融緩和で対応すればよい、というこれまでの便利な前提は崩れてしまった。財政政策を今後どう使うかという困難な議論に、欧州は嫌でも正面から向き合わざるを得ないのである。

 ECBの今回の緩和パッケージは、この困難な作業を後押しするための、ドラギ総裁の渾身のエールだったようにも思える。もちろん、後任となるラガルド氏がその作業に直接たずさわるわけではないが、IMF専務理事として高い評価を得てきた氏の影響力には、大きな期待を寄せたい。

■門間 一夫(みずほ総合研究所 エグゼクティブエコノミスト)
1957年生。1981年東大経卒、日銀入行。調査統計局経済調査課長、調査統計局長、企画局長を経て、2012年から理事。2016年6月からみずほ総合研究所エグゼクティブ・エコノミスト。

最終更新:10/10(木) 12:24
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