ここから本文です

死の前日に入れた総入れ歯 子らに囲まれ「母の顔」に戻って逝く

10/10(木) 14:11配信

読売新聞(ヨミドクター)

五島朋幸 食べること 生きること~歯医者と地域と食支援

 土曜日の夜、訪問看護師から直接、診療室に電話が入りました。

 「五島先生、先生は日曜日診療されていませんよね」

 「基本的には。でも何か?」

 「明日、行ってもらいたい方がいるものですから」

 「夕方から用事があるけど、午前中なら大丈夫ですよ」

 「本当ですか! すぐ依頼状をファクスします」

 依頼された患者は伊藤はるゑさん(92)。末期がんで食事も一切とっておらず、余命数日と思われる状態でした。「どうしても入れ歯を入れてほしい」という家族の希望があり、僕に依頼が届きました。

 日曜日の朝は都会でも静かです。伊藤さんの表札を見つけてインターフォンを押しました。ちょっと見まわすと2階建ての一軒家ですが、とても広い敷地です。「ふ~ん」と思っていると、娘の洋子さんが出てきました。

 「先生ですか。お休みに無理を言って申し訳ありません。どうぞ」と中に通されました。昭和の時代を感じる家でしたが、たくさん部屋がありました。はるゑさんの部屋は6畳ほどでベッドと洋服ダンスでいっぱいで、空間はあまりありませんでした。

使っていた入れ歯が入らない

 「初めまして、伊藤さん。歯医者の五島です」と言うと、うっすらと目を開けたような。洋子さんが、「このところこんな感じなんです。これが入れ歯なんですけど」と言って、上の総入れ歯を渡されました。

 「いつまで使われていたんですか?」

 「入院する前だから1年ぐらい前までですかねぇ。何とか入りませんか?」

 その言葉の意味することはよく理解できました。入れ歯が入っていないはるゑさんの口元はやせこけて、小さくなってしまっています。入れ歯をそのまま入れてみようと試みましたが、とても無理。唇は硬く縮こまり、その口に対して1年前に使っていた入れ歯は大き過ぎました。

唇や頬のストレッチをして、入れ歯を小さくカット

 取りあえず、薄目状態のはるゑさんの頬のマッサージから始めました。目が少しトロ~ッとなってきた時、洋子さんが「お母さん、気持ちよさそうね」と声をかけました。その後、ゆっくり唇や頬のストレッチをしていくと、徐々に口の周りが軟らかくなってきました。少し唾液も出てきて口の中が潤ってきました。そこで入れ歯を入れようとしましたが、まだまだ無理。今度は持ってきた器械で入れ歯を削りました。通常は数ミクロンという単位の微調整なのですが、この時はセンチ単位で削りました。

 作業中、僕の手元にいくつかの視線が集中していることに気づきました。後ろを振り向くと、洋子さんの後ろにぞろぞろと人が並んでいて、ちょっとびっくりしました。僕の表情を見て、洋子さんが「私の長女夫婦と次女夫婦です」と紹介してくれました。

1/2ページ

最終更新:10/10(木) 14:11
読売新聞(ヨミドクター)

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事