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400勝金田が認めた最高の投手…フォークの神様・杉下茂「ワンバンなんて考えられぬ」“魔球”たる所以

10/10(木) 11:50配信

中日スポーツ

◇龍の背に乗って<CS特別編>

 試合前には黙とうがささげられ、東京ドーム外には記帳所が設けられた。巨人の背番号34は永久欠番。6日に亡くなった金田正一さんを悼んだ。ただし、金田さんのキャリアの大部分は国鉄。そんな大エースを「おまえがつぶせ」と厳命されていたのが杉下茂さんだった。

 「金田が来るのならと僕が出ていくんだよ。でもね、金田のことをライバルとは思ってなかったんだ。『オレのピッチングを見てろ。勉強しろよ』って言ってたから」

 年齢は杉下さんが8歳上とはいえ、金田さんに上から目線なんて、さすがは神様。1950年代の中日―国鉄戦は、この両巨頭のマッチアップが常識だった。いつだって1点が命取りになる投手戦。1955年5月10日(川崎)に杉下さんが生涯一度のノーヒットノーランをやれば、57年8月21日(中日)には金田さんが完全試合でやり返す。どちらもスコアは1―0。負けた方ももちろん完投だった。

 生前の金田さんは「ワシが認める最高の投手はスギさんだ」と言っていたそうだ。それは魔球・フォークに尊敬の念を抱いていたからだ。杉下さんが自分以外に「本物の使い手」と認めているのは5人いるが、そのうち村田兆治と伊良部秀輝はロッテ監督時代の金田さんから頼まれ、フォークを教えている。

 「兆治は教えた年に中日と日本シリーズで当たっちゃってねえ…。伊良部のは速くて、小さく落ちるフォークだった」

 この日、勝ち投手となった巨人の山口俊は7奪三振のうち4つを鋭いフォークで奪ったが、4回に失点した暴投もフォークだった。杉下さんいわく「ワンバウンドするなんて考えられない」。自在に操ってこその魔球だというわけだ。金田さんと70年近くに及ぶ歩みは、日本プロ野球の歴史そのものでもある。その言葉は深く、濃い。(渋谷真)

最終更新:10/10(木) 11:50
中日スポーツ

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