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野口啓代、東京五輪代表へ「10日間のドラマ」 金メダル奪還を感じさせた“あと1手

10/11(金) 17:10配信

REAL SPORTS

スポーツクライミングの東京五輪女子代表の第一号が野口啓代に決まった。プロキャリア12年に渡って日本クライミング界のトップランナーとしてひた走ってきた野口。日本が世界に誇る絶対女王の代表決定に誰しもが納得し、感動した。その選考大会となったIFSCクライミング・世界選手権2019。野口は「ここで五輪代表を取れなかったら引退しようと思っていた」と、並々ならぬ覚悟を内に秘めて臨んでいた。そんな絶対女王がキャリアのすべてを賭けて挑んだ“最後の世界選手権”。激闘の10日間、五輪代表が決まるその瞬間を追った。


(本記事は、9月1日に『REAL SPORTS』で掲載された記事に一部、加筆・修正を行って掲載しています)

銀メダル獲得も超えられないヤンヤの壁 女子ボルダリング

野口啓代のIFSCクライミング・世界選手権2019のプロローグは、京王プラザホテル八王子で行われた前日記者会見でのこの言葉から始まった。

「今回のこの八王子の世界選手権というのは、私にとって最後の世界選手権にしようと思っている。思えば16歳のとき、初めて世界選手権に出場したが、そのときはこんなに取材の方もいなくて、もちろん記者会見もなく。それから14年経って、まさかこんなに世界選手権が大きくて、そして日本で開催されるなんて思っていなかった。本当にこの世界選手権は私にとっての集大成にしたいと思っている。来年のオリンピックの出場枠を獲得して、あと1年、競技したいという気持ちでいっぱい」

野口が初めて出場したシニアの国際大会は、2005年7月にドイツで開催された「UIAA 世界選手権ミュンヘン2005」だった。日本代表という重圧に押し潰されそうになりながらリードで3位、ボルダリングで21位と、いずれも日本女子選手の中で最高の成績を収めた。この世界選手権は、野口をクライマーとして本格的に目覚めさせるきっかけとなった大会でもあった。あれから14年、少女は先駆者となり、ここまで日本を牽引してきた。

16歳の初めての夏から、30歳で迎える最後の夏へ。野口啓代、9回目の世界選手権が開幕した。

大会初日のオープニングを飾るのは女子ボルダリング予選だ。前日会見で「最初のボルダリングで良い波に乗りたい」と語った野口。このボルダリングから始まるリード、スピードの3つの単種目は、種目ごとでメダルを争いながら大会最後に行われるコンバインド種目の予選も兼ねている。コンバインドは東京五輪の代表枠が懸かる種目である。

各単種目の順位を掛け算して、ポイントの少ない順から20人がコンバインド予選に進出し、その20人の予選で上位8人が決勝進出。そして決勝の上位7人に東京五輪の代表枠が与えられ、さらにその7人の中に日本人が2人以上入った場合、日本人選手は最上位1人のみに代表枠が与えられる。この代表枠を誰が獲得するのかが、メダルと並んで最大の焦点となる。

とにかくコンバインド予選に進むことが最初の関門だ。野口の言う“良い波”とは、この得意種目で上位を狙い、掛け算の上で優位を取ることでもあった。

前日会見ではボルダリング単種目へこんな思いも語っている。「今シーズン、ボルダリングW杯に4戦出場してすべて2位だった。世界選手権こそはW杯よりも良い順位、優勝したい」。今季のボルダリングW杯は特別なシーズンとなった。それは全6戦をスロベニアのヤンヤ・ガンブレットが優勝し、グランドスラムを達成したからである。これは男女通じて初の歴史的快挙だった。

つまり野口は一度もヤンヤに勝てなかったのだ。そんなヤンヤについて野口は「長く競技を続けてきた中で歴代これほど強い選手はいなかった」と賛辞を惜しまない。クライミング史上最強の女王を野口はどうしても超えたかった。それがボルダラーとして数々のタイトルを獲得し、歩んできたプロクライマー野口のプライドだ。

ボルダリングでの上位獲得でスタートダッシュを狙う野口は、予選グループ2の先頭で登場した。「一番難しかった」という第1課題でやや苦戦したものの「うまく立て直してそのあと全部登れたのでメンタル的に安定していた」と、つまずきそうな序盤もベテランらしく立ち回り、予選5課題すべてを完登。「ヤンヤが絶好調で、絶対に決勝で争うことになる」と隣で登るライバルの動向も捉えながら、予選グループ2を1位通過した。

翌々日、大会3日目。女子ボルダリング準決勝で異常事態とも言える展開を迎える。準決勝4課題を20人中16人が0完登で終えたのだ。その中には野中生萌やショウナ・コクシー(イギリス)など、W杯年間優勝経験者も含まれていた。

19番目に登る野口は、待機する壁の裏でその異常を感じ取っていた。「会場の歓声や雰囲気からすごく難しい準決勝だと感じた。たくさんトライするのではなく、登れる課題を見極めて、その課題に集中したほうがいい」。やみくもなトライは体力を奪うだけだ。野口はそう判断していた。

後半になるほど傾斜が強くなる壁全体の形状を把握した野口は、どれだけ体力を後半に温存できるか、そう考えていた。第1、第2課題は無理に完登を狙いにいかず、ゾーン獲得で確実にポイントを稼いでタイムアップより早めに切り上げた。

そして第3課題を2トライ、第4課題を一撃でクリア。冷静な判断で2完登4ゾーン、2位で決勝進出を決めた。予選に次いで野口の経験は傑出していた。1位通過は3完登4ゾーンのヤンヤだ。難しいラウンドだからこそ、ヤンヤの強さは際立っていた。

5時間半後に決勝は行われた。決勝4課題を事前のオブザベーション(下見)で見たとき、第4課題は野口が得意とする課題だった。ただ、それ以外の3つはやってみなければわからなかった。

第1課題は登りながら修正し、3トライで完登。しかし、第2、第3課題は最後まで対応できず、ゾーンすら獲得できなかった。ヤンヤは最初の2つを完登。この差はあまりに重かった。

第4課題、野口は順番が回ってくる段階で4位まで順位を落としていた。「これを登れないと表彰台にも乗れない位置。気合いを入れて登った」と、得意な課題をイメージ通りの一撃。逆転で2位に浮上し、銀メダルを獲得した。金メダルは、唯一3完登したヤンヤの首にかけられた。

試合後は「セカンドコレクターを更新してしまった」と、またもボルダリングでヤンヤに敗れたことへの悔しさを吐露した。それでも「コンバインドへ良いスタートが切れたと思う」と、大会全体で見れば文句のないスタートだった。大事なのはとにかくコンバインドである。

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最終更新:10/11(金) 17:37
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