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彼女はなぜ、イレズミを焼いたのか? 沖縄女性がタトゥーを「汚い」と蔑まれた悲しい理由

10/12(土) 6:04配信

BuzzFeed Japan

かつて、沖縄の成人女性の大半が「ハジチ(針突)」と呼ばれるタトゥーを入れていた――。

沖縄のハジチと台湾原住民のタトゥーを紹介する企画展「沖縄のハジチ、台湾原住民族のタトゥー」が、沖縄県立博物館・美術館で開催されている。

会場を借りたインディペンデント展とはいえ、タトゥーへの偏見が根深く存在する日本では、公立の博物館や美術館での展示は非常に珍しい。

企画者で『イレズミと日本人』などの著書もある、都留文科大学教授の山本芳美さんは「ここでやらなければ、向こう10年はできない。かつてハジチは若者の文化でもあった。展示を通じて『郷愁のハジチ』というイメージを刷新したい」と語る。【BuzzFeed Japan / 神庭亮介】

水草の花のような美しさ

沖縄や奄美の女性たちが、両手の甲に墨で深青色の文様を施したハジチ。その歴史は、少なくとも16世紀までさかのぼる。

初潮を迎えた印、婚姻の証、あの世へ渡るための「パスポート」…。地域によって様々な意味合いがあったとされる。

山本教授は言う。

「水草の花のようだ〈ミジクサヌ ハナヌ ゴトシ〉と歌に詠まれるほど、美しいもの。女性であるからには、絶対入れなければいけないものだと考えられていました」

「ハジチによって初めて完璧な人間になる。痛みを乗り越えることで出産も乗り越えられ、喜びになるという発想。入れずに死んでしまった場合、不完全でかわいそうだからと、亡くなった女性の手に墨で描いてあげたという話もあるぐらいです」

明治の「ハジチ禁止令」

明治に入ると、日本政府のイレズミ規制が沖縄にも及び始める。

1872年、東京に違式かい違条例(※「かい」はごんべんに圭)が施行され、彫師がイレズミを彫ること、客として入れることの両方が禁じられた。同条例は旧刑法の違警罪(1882年)、警察犯処罰令(1908年)へと引き継がれていく。

1879年の「琉球処分」によって「県」となった沖縄では、内地から時間をおいて1899年にイレズミ禁止を含む違警罪の全法令が施行された。今年は「ハジチ禁止令」から120年の節目でもある。

「内地並みの法律をすぐに適用すると混乱が起こるからと、延び延びになっていましたが、この年にようやく施行された。実質的な同化政策ですね」

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最終更新:10/12(土) 9:54
BuzzFeed Japan

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