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母は号泣、16歳で親元離れ…フィリピン初の体操メダリストと日本人コーチの固い絆。

10/12(土) 8:03配信

テレ朝POST

10月4日(金)に開幕した「世界体操」。来年2020年に控えた東京オリンピックのメダルを占う最後の頂上決戦だ。

大会9日目を迎える今日10月12日(土)は男子種目別決勝が行われるが、ゆかの決勝に出場する選手のひとり、フィリピン代表のカルロス・ユーロ(19歳)に注目したい。

2018年「世界体操」では銅メダルを獲得し、フィリピン勢で初となるメダル獲得の快挙を達成したカルロス・ユーロ。今大会も新星として注目を集めているが、ここに至るまでには苦難の道のりがあった――。

来日打診も母は反対。最後は泣きながら…

ユーロが母国・フィリピンで体操を始めた当時、男子の体操選手という存在は珍しく、練習環境も過酷なものだった。

競技をするために必要な器具が揃っていないだけでなく、ゆかも整備されていない。さらに冷房すらないような体育館で日々練習に励んでいたという。

育った家庭も裕福とはいえず、厳しい環境に身を置いていた最中の2013年。ユーロは、マニラで行われたフィリピン代表チームの合宿を指導していた日本人コーチ・釘宮宗大(くぎみや・むねひろ)氏と出会った。

釘宮コーチは、ユーロの体操の能力以上に、練習に取り組む“姿勢”に大きな可能性を感じたという。

「(他の選手よりは)確かに足が強かったんですけど、練習ができたことが一番ですかね。コンスタントに練習ができているなという印象でした。ある程度能力がある子はすぐにできてしまうので、なかなか1つのことにずっと取り組むことができない場合が多いのですが、ユーロの場合はそれができているなと感じました」(釘宮コーチ)

ユーロにはチャンスがある――そう感じた釘宮コーチは、来日して自分のもとで練習をしないかと打診した。

ユーロ本人に迷いがなかった一方で、母親は2週間ほど日本行きを反対。しかし、最終的には泣きながら「お願いします」と頼まれたという。

「困ったときは俺がいるから大丈夫ですっていう話をしたときに、(ユーロの母親が)泣いて、泣いて…。すごく責任を感じて怖かったですが、(体操の)指導者でありながら、(ユーロを)人として育てないといけないと思いました」(釘宮コーチ)

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最終更新:10/12(土) 10:42
テレ朝POST

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