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大八木淳史氏「平尾も感動している」20日南ア戦は平尾さん命日「4強を願っています」

10/14(月) 6:42配信

スポーツ報知

◆ラグビーW杯 ▽1次リーグA組 日本28―21スコットランド(13日・横浜国際総合競技場)

【写真】日本を引っ張る身長196センチの巨人

 日本代表が9回目のW杯で初の8強入りを決めた。1987年の第1回大会、91年の第2回大会に出場した元代表ロック大八木淳史氏(58)が試合会場で生観戦。本紙に喜びを語り、ジャパンの“両輪”として、W杯や89年のスコットランド戦初勝利時に共闘した1歳下の後輩で、胆管細胞がんのため16年に他界した元代表SO、センター、元監督の平尾誠二氏(享年53)との思い出を明かした。

 FW、BKの中軸として代表をけん引した大八木氏と平尾氏。8強決定の瞬間、大八木氏が思い浮かべたのはやはり、共に世界の壁に挑んだ平尾氏のことだ。

 「私や平尾が出場した89年以来30年ぶりのスコットランド戦勝利、感無量です。重圧の中、よくやってくれた。厚い壁を破ってくれ、平尾も空の上で感動していると思う。我々が第1回W杯に出た87年は現代表最年長のトンプソンでも6歳。32年、長かった」

 第1回W杯で日本は米国、イングランド、豪州に3戦全敗した。

 「当時は全員アマだが、2番手グループでトップを狙う意識はあった。それだけに初戦で米国に負けて、皆、悔しかった。『これから』と感じた大会だった」

 89年5月に宿沢広朗監督の下、大八木氏、平尾氏らジャパンは秩父宮で28―24とスコットランドに歴史的初勝利。秘話がある。

 「勝った翌日に伊豆で、平尾と伏見工高の恩師・山口良治先生、前日にトライをした林敏之さんらでゴルフをした。私と平尾は初ゴルフで、空振りしたり。あちこち痛かったけど楽しかった。懐かしい思い出」

 次の91年第2回W杯で平尾主将、大八木氏ら日本はジンバブエに52―8と大勝。W杯初勝利を挙げた。

 「敵地でアイルランドに負け、皆でパブに行った。あまり酒を飲まない平尾もギネスビールを1杯だけ飲み、『絶対、勝って帰りましょう』と誓い合った。私は20杯以上。そういう時代。初勝利で『1つずつ少しずつ』と思えた」

 大八木氏はその大会で代表引退。平尾氏は3戦全敗の第3回W杯後に引退し、代表監督に。NO8ジョセフ(現日本代表HC)らを擁し臨んだ99年第4回大会で、またも全敗。プロ化が進む世界にはね返された。

 「当時は代表に外国人がいることにバッシングもあった。それでも平尾は強豪国の選手を積極起用し、NZ出身のマコーミックを初の外国人主将に任命。一歩先を走っていた。代表活動が最優先される今の時代に、監督をさせてあげたかった。歴代OBの思いは現代表に託したい。今回は『めざせ世界一』と本気で思える。20日の南ア戦は平尾の命日。この勢いで4強を願っています」

 平尾氏と共に一時代を築いた大八木氏は、現代表の新たな目標へ期待を寄せた。

 ◆大八木 淳史(おおやぎ・あつし)1961年8月15日、京都市生まれ。58歳。77年に伏見工(現京都工学院)でラグビーを始め、78、79年度高校日本代表。同大では全国大学選手権で82~84年度の3連覇を含め4度優勝。85年、神戸製鋼入社。88~94年度日本選手権7連覇。97年度で現役引退。ポジションはロック。日本代表30キャップで87、91年W杯出場。190センチ、102キロ(現役時代)。現在は講演やタレント活動などを通じて競技の普及に努める。

最終更新:10/15(火) 18:09
スポーツ報知

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