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元祖トレンディ俳優、吉田栄作が振り返った華麗なるモテ半生とは?

10/14(月) 7:00配信

LEON.JP

1990年代、トレンディ俳優として一世を風靡した吉田栄作さん。以後も役者を中心に幅広く活動し、特に最近は渋い男優としてその存在感を増している。今年50歳になり、事務所から独立。心機一転して人生に臨む元祖モテ男が自身の華麗なる半生を振り返った。

現代における「モテ」の意味と意義を探る新連載「モテ解体新処」。第2回目のゲストは1990年代の芸能界で「トレンディ御三家」(※)の長男として絶大な人気を誇った吉田栄作さんの登場です。

我々オトコが求めてやまない「モテ」三昧の生活を若くして手に入れた吉田さん。その「モテ」は彼の人生に何をもたらしたのか? 今、自らの半生をどう評しているのか。今年、50歳を迎えた吉田さんが振り返りました。

※次男は織田裕二、3男は加勢大周

高校の頃は授業の合い間によそのクラスの女子が僕を見に来てました

僕は、神奈川県秦野市っていうところに生まれて、豊かな自然の中で飛び回って遊んでるような、昔ながらの子供らしい子供時代を過ごしました。

中学に上がってバスケ部に入っても、丸坊主にジャージーの世界ですよ。もう色気づきようがない(笑)。それでもラブレターをもらったり、年下の後輩に告白されたりって、チラホラ色気が出始めたのが、中学2年か3年くらいですかね。

高校に入って、髪を伸ばしてから、追い風が吹いてきた(笑)。授業の合間とか、女子たちから、キャーキャー声が聞こえてくるんですよ。フッと振り返ると、よそのクラスの女子が「あの子、あの子」って僕のこと指さしてたり。

でも僕、ほんと照れ屋なんで、意外とそういうのは苦手でしたね。当時は「スカす」って言い方だったけど、カッコつけて、素っ気ない感じだったと思います。

高校1年の時に、好きだった子と付き合えたんですよ。恥ずかしいから、自分の想いを友達から伝えてもらって。最初は相手のリアクションも良くなかったけど、ある日、彼女の方から「付き合いませんか」って言ってくれて。僕がバスケ部、彼女が弓道部で、部活が終わってから、駅までの道を手をつないで帰るようになりました。

もちろんすごくうれしかったですよ。肩を組むようになり、少しずつ距離が縮まった。それなのに、3カ月ぐらいで振られてしまうんです。彼女は好きな人が忘れられないって言ってた。ショックですよね。

そうしたら、高2でまたその子と同じクラスになっちゃって。それで夏休みに入る時に、最後にもう1回、告白してみたんです。でも返事は前と同じ。それで完全にあきらめようと思った。そこからです、自分が変わったのは。

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最終更新:10/14(月) 7:00
LEON.JP

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