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[コラム]進歩の「偽善管理法」

10/14(月) 11:56配信

ハンギョレ新聞

 進歩(革新)は悔しい。同じ道徳的な過ちを犯しても、保守に比べると、はるかに厳しく叩かれるという話である。それで進歩陣営の一部では、それを「傾いた運動場」と言い、進歩は道徳から自由にならなければならないと主張する。道徳を初めから捨てようという主張ではないだろうし、おそらく道徳的なくびきに厳しく縛られることは止めようということだと理解できる。

 しかし、世の中にはタダなものはない。有権者は、政策を完全に無視するのではないが、政策よりは人を見て票を投じるのは避けられない。進歩は今のありのままの世の中には問題が多いとして、変化を追求する人々である。その過程で変化に抵抗する人々に対して批判をして、事実上の「道徳的優越感」を示したり誇示したりする。そうしておいて、保守と同じようなレベルの道徳を享受するなんて話が通じるだろうか。

 もちろん、通じると考える人もいるが、重要なことは、決してそのように思わない有権者が多いという事実である。これは2016年の米国大統領選挙でも十分に立証された事実だ。民主党候補のヒラリー・クリントンと共和党候補のドナルド・トランプが争ったこの大統領選挙の主要な争点の中の一つは、すなわち偽善問題だった。トランプは大統領選挙の期間、終始ヒラリーを“偽善者”に追い詰めた。トランプは人種差別的で性差別的な暴言も躊躇しなかったが、そんな彼までも“率直”さを打ち出し、自分は偽善とはかけ離れた者だということを強調した。

 単にその程度だったら、トランプが大統領選挙で勝利することは難しかったはずだ。問題は、ヒラリーの偽善が、不道徳な蓄財から各種の特権の享有に至るまで十分な根拠があるというのが、大統領選挙期間の終始、主要な問題として目立ったという点である。これはトランプの人種差別的で性差別的な言動に比べれば比較的“ささいな”ことだったが、自ら“悪党”を自任したトランプには、そんなひどい言動さえ特に問題にはならなかった。進歩の立場では空いた口が塞がらない事だったが、これは偽善に対する大衆の嫌悪が、いかに強いのかを見過ごした自業自得だった。

 進歩は偽善に鈍感である。なぜそうなのか? 個人的な生活する上での問題や子供の教育において、進歩と保守の違いはほとんどないということは、すでに常識となった。進歩は公的領域と私的領域を分離して考えて行動するのが当然であると考えるから、そのような常識の含意を悟ることには無能である。進歩はいつも中下層の民生を心配し、最上層を批判する話をよくする。適当になあなあとなだめておくのではなく、あらゆる派手な修辞を動員しながら行う。できるだけ有権者の心の琴線に触れるための言葉である。しかし、すぐにそのような感性的な修辞は、ブーメランとして戻ってくる。

 文在寅(ムン・ジェイン)大統領は就任の辞で、「文在寅と共に民主党政権では、機会は平等であり。過程は公正であり、結果は正義であります」と宣言した。歴史に永く残る名言だったが、欲が過ぎた。この名言は、知識人が当為的宣言とも言える“夢のような”理想だったからである。5年の任期の政権が成し遂げられることでは決してなかった。「文在寅と共に民主党政権」を省いて、「私たちの大韓民国は、平等な機会、公正な過程、正義の結果を追求する国にならなければならない」程度で満足するべきだった。

 今、私たちは「チョ・グク事態」の渦中で、この名言が途方もない負担と責任追及として戻って来るブーメラン現象を目撃している。それがどの程度妥当なのかと思うのとは別の問題だ。全国民の半分ほどが、そのような追及をしているという政治的現実が重要である。文在寅政権が心血を注いで推進した「最低賃金引き上げ」「週52時間超過勤労禁止」「非正規職の正規職化」「講師法施行」などの一連の政策は、社会的弱者を配慮する美しくて立派な政策だった。しかし、政策施行時に起こり得る“意図しない結果”や悪影響に対する対処方案が、前もって十分に検討されていなかったことが、十分に明らかになった。これもまた、進歩が好む抽象的当為の落とし穴である。これは“結果的偽善”と指弾されるものと決まっている。

 進歩は相変わらず悔しいが、偽善は管理の対象であることを認識し、言葉を先に立たせるのを慎まなければならない。少なくとも政策領域では、現実を当為的修辞に従属させず、実践は必ず成功させなければならないという“責任倫理”を持たなければならない。そうする時、初めて反対勢力とも疎通でき、妥協しなければならないという必要性を痛感させるようになるはずである。偽善に敏感になるためには、わざと悪役になって問題を絶えず指摘する「悪魔の弁護人」制度を広範囲に取り入れなければならない。内部苦言をいう人を“内部の敵”に追い立てて袋叩きする現状況では、その方法しかないのではないか。

カン・ジュンマン全北大学新聞放送学科教授(お問い合わせ japan@hani.co.kr )

最終更新:10/15(火) 11:29
ハンギョレ新聞

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