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小津安二郎監督の『秋刀魚の味』は、なぜ秋刀魚も食べずに酒ばかり飲んでいるのか?

10/15(火) 7:01配信

LEON.JP

酒好きで知られる小津安二郎監督の作品には酒の場面がよく登場します。そこで秋の夜長にグラスを傾けながら楽しみたい小津作品の、「秋と酒」にまつわる話をご紹介。

秋の夜長に彼女とカウチでワインでも用意して、しみじみと映画を観て過ごす……コレ、最高のおウチデートかと。そんな時に小津安二郎はいかがでしょう。代表作『東京物語』が世界の映画監督の選ぶ史上最高の映画にも選ばれた日本を代表する巨匠。けれどもその作品は決して小難しいわけではなく、むしろ庶民の心のひだを繊細に描いたことで有名です。

小津の映画には酒の場面が多く、観ている側もついついお酒が進んでしまいそう。そこで映画ジャーナリストの金原由佳さんに、小津映画をより楽しむための「秋と酒」についてのお話を教えて頂きました。

小津にとっての酒、そして秋刀魚

小津安二郎の映画のタイトルには、季節を感じさせるものが多い。例えば『晩春』(1949)に『早春』(1956)。

特に秋に関してのタイトルは多く、『彼岸花』(1958)、『秋日和』(1960)、『小早川家の秋』(1961)、結果として遺作となった『秋刀魚の味』(1962)と並ぶ。彼は12月12日生まれで、ちょうど60歳となる1962年の誕生日に人生の幕を閉じた。くしくも人生の晩年期に、秋の季節を立て続けに描いたのだ。

きっと特別な理由があるのだと、多くの人は思う。いろんな評論家が彼の日記を読み解き、作品を分析して、仮説も立てている。だが、本人は例えば『秋刀魚の味』のとき、秋に公開する映画だからそうしたと素っ気なく答え、そのうえ、本編には秋刀魚など影も形も一度も出てこない。

『彼岸花』から『秋刀魚の味』まですべての作品は、小津と公私にわたって密接に交際した脚本家、野田高梧との共同執筆だが、当時は映画の内容が全く決まっていないのに、宣伝の都合により、「とにかくタイトルだけでも決めてくれ」と先にタイトルを発表して、その後、タイトルに合わせた内容を二人で練り上げていったという。

じゃあ、タイトルにはあまり重い意味がないんだ、と言いきれれば簡単だが、記録魔だった小津の日記を読むと、そうではない記述も出てくるから油断できない。広く知られるが、彼は第二次世界大戦中、兵士として中国戦線に従軍している。その戦地で書いた文章の中には「麦」「秋日和」「浮草」「秋刀魚」と後にタイトルとなった言葉が何度も出てくる。死がすぐそばにある中で、目に映る美しいものを忘れてしまわないようにと書くかのように。

中でも秋刀魚はよほど恋しかったようで、秋刀魚を食べたいという素直な文章もあれば、俳句にも詠んでいる。戦後、日本に戻り、映画監督として充実する中、愛する母、あさゑが1962年(昭和37年)2月に亡くなったときには、葬儀の後、日記にこうも書いている。
「もう下界はらんまんの春、りょうらんのさくら、此処にいてさんまんの僕は『さんまの味』に思いわずらう。」

愛する人の不在を感じたときにふと思う、うまさと苦さ、それが小津にとっての秋刀魚の味だったのだろうか。

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最終更新:10/15(火) 7:01
LEON.JP

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