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誰が何の目的で?商店街に謎のポンプ ルーツを調べてみると…

10/16(水) 9:43配信

西日本新聞

 「なんでこんなところに手押しポンプが?」-。北九州市若松区の、とある商店街のアーケードには、レトロな手押しポンプが6台点在する。一般的な商店街にしては、ちょっと不思議な光景にも思える。ポンプのルーツを調べてみると-。

【動画】商店街に点在する6台のポンプ

 JR若松駅(同区)から歩いて約1分半の距離にある商店街「ウエル本町」。両側の歩道には、映画「となりのトトロ」(宮崎駿監督)に出てくるような手押しポンプが数十メートル間隔で設置されている。鉄かステンレス製で高さは台座も入れて約1メートル。柄をガシャガシャと上下に動かすと、水が勢いよく出てくる。まだまだ現役のようだ。

 一体、誰が何の目的で取り付けたのか-。50年以上、商店街で美容室「ニューエイジ」を営む石橋賢一さん(65)は「太平洋戦争中に空襲に備えて設置したと聞いています」と説明してくれた。

 石橋さんや過去の資料によると、ポンプが設置されたのは太平洋戦争中の1944年ごろ。同年に始まった若松市(当時)などへの米軍の空襲に備え、消防用水を確保するため地元住民が井戸を掘り、ポンプを設置したという。

「消防訓練のバケツリレーに励んでおりました」

 商店街で「ツヅキ洋品店」を営み、終戦時11歳だった池田早正さん(故人)は「当時の若者たちは鬼畜米英を合言葉に日ごと、夜ごと、消防訓練のバケツリレーに励んでおりました」と手記を残している。

 だが、戦時にポンプが活躍したという話は聞かない。実際、空襲がひどかったのは洞海湾を挟んで対岸の八幡市(当時)。同市には八幡製鉄所があった。一方、若松市の、とりわけ商店街付近では目立った空襲被害はほとんど無かった。当初の用途は果たさなかったが、ポンプはその後、植木の水やりや夏場の打ち水に使われるようになった。

 商店街はかつて「若松銀座商店街」という名称だったが、92年に現在の「ウエル本町」に変更。由来は英語で井戸を表す「well」から取った。ポンプが地域のシンボルとして愛されている証しだ。

 商店街を訪れた人たちはみな、不思議とポンプを押していくという。石橋さんは「自分にとっては当たり前の光景だけど、意外と非日常の風景なんでしょうね」と話す。

 池田さんの手記には、ポンプの存在についてこう書いてある。「永遠の平和を願う鎮魂歌」。戦争の記憶を呼び起こすポンプは、今日も街の平和を見守っている。 (米村勇飛)

西日本新聞社

最終更新:10/16(水) 9:43
西日本新聞

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