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第二子を妊娠中、夫が交通事故に──。われを失った日々〈夫の死を乗り越えて・2〉

10/17(木) 14:57配信

婦人公論.jp

突然訪れた別れ、あるいは長患いの末に――。夫との死別という大きな節目を、どう乗り越えればよいのだろうか。第二子の出産間近という幸せのさなか、突然の交通事故で夫を亡くした美智子さん(仮名)が夫の死を受け入れられたのは――。(取材・文=丸山あかね)

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◆留守番電話の赤いランプが点滅していて

「その日の朝、私は笑顔で夫を送り出しました。『いってらっしゃい!』と声をかけると、『君も無理はしないで』と気遣ってくれた。夫の優しい声が今も忘れられません」

佐藤美智子さん(51歳)は、10年前、金融関係の会社に勤務する夫の転勤に伴いパリで暮らしていた。悲劇に見舞われたのは、第二子を出産するために日本へ帰る直前のことだった。

「フランス人の友達がしばらく会えなくなるからと自宅へ夕食に招いてくれたので、2歳になる娘を連れて出かけました。仕事帰りに夫が迎えに来てくれる予定だったのですが、約束の時間を過ぎても来ない。携帯に電話をしても繋がらない。それで、忘れて家に帰ってしまったのかなと、タクシーで帰ることにしたのです。でも夫は帰宅していませんでした。真っ暗なリビングの中、留守番電話にメッセージが入っていることを報せる赤いランプが点滅していて……。不気味な感じだったというか、留守電を聞くのが怖いと思ったことを覚えています」

嫌な予感は的中してしまう。メッセージは警察からのもので、夫が車にはねられ、病院に搬送されたという内容だった。美智子さんは急いで病院へ駆けつけたが、道すがら、「骨折程度で済んでよかったわね」と病室で談笑している様子を思い描いていたという。

「でも通されたのは霊安室でした。即死だったそうです。夫に対面しましたが、そこから先の記憶が曖昧。夫の両親と日本支社の方がパリに飛んで来て、夫の遺体を運ぶ飛行機に私と娘も同乗したんです。空港に迎えに来ていた私の両親と妹に抱えられるようにして実家に向かいました。翌日には喪服を着て葬儀にも出たし、火葬場へも行きました。でも悪い夢を見ているんだとずっと思っていて、現実感がありませんでした」

◆現実を受け入れた瞬間は

なんとか無事に男の子を出産した。が、母乳は出なかった。

「『赤ちゃんの写真を撮って夫にメールしなくちゃ』なんてつぶやいていたらしいのです。それを聞いた母が泣き出したと、これはあとから妹に聞いた話なのですが」

医師の勧めで、同じ病院内のストレスケア病棟に移り、ひと月ほど過ごした美智子さんは、なんとか育児ができるまでに快復。その後、荷物を整理するためにパリを訪れたのは、夫が死んで半年ほど経った頃のことだった。

「心配だったのでしょう。妹が同行してくれました。一気に片付けてしまうつもりでしたが、夫のスーツ、履いていた靴、愛用していたマグカップなどを一つひとつ見ているうちに涙が止まらなくなって。夫の死後、泣いたのはその時が初めてで、あれが現実を受け入れた瞬間だったのだと思います。帰りの飛行機の中で妹に言われた、『しっかりしないとね。そのことをお義兄さんは望んでいるはずだから』という言葉が心に響きました。でも立ち直ることができたのは、結局金銭トラブルのおかげだったかもしれません」

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最終更新:10/18(金) 12:09
婦人公論.jp

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